1-20:魔王城

 馬車は走る。今の全速力で。

 先日までとは違い、馬のストレスを無視した、体力限界までの疾走。

 それも全ては家族のため。


 今、私の頭の中はすっきりと晴れ渡っていた。

 もしかしたら、いろんなことが起きすぎて昂っているのかもしれない。

 でも、一つだけ分かっていることがある。


 もう家族が無事ならそれで良いと、今ならそう思える。

 覚悟というより、戦う理由。

 知らない誰かのために戦う、なんて大層で崇高で、自己犠牲の精神あふれる勇者になんてなれない。


 目の前が一気にすっきりした気がする。

 靄が消えて、目的がはっきりした。

 

 だから、戦える。少なくとも今だけは。


 そして、どうあがこうと最後の時は、目の前にまで来ていた。




「もうすぐ魔王城が見えた頃でしょうか」

「念の人! もう突入するよ!」

「――そうですか。少し想定より早いですが、まぁ想定通り。突入してください。火はまだ戦闘中のはずです」

「分かった、すぐに!」


 氷の人と土の人が話す前に私が返答したら、すぐに念話は切れた。


「何か話したかった?」

「火、無事なら良い」

「私も同じ!」


 二人とも、特別話したいことがあったわけではないようだった。

 それなら良かった。


「なら、行こう!」


「「「「おう!!!」」」」


 勇者三人、パーティーメンバー八人。

 軍に比べれば、明らかに人数は少ない。


 けれど、負ける気はしなかった。




 開けっ放しの扉は、黒く焦げていた。

 中に進んでみれば、あちらこちら、点や線の焦げが描かれている。

 明らかに、火の人の戦闘痕だった。


 壮絶、と言うには少なすぎる。どこも削られたように煤がついていなかったから、細かく、消費を抑えて戦っているんだろう。

 一番末っ子みたいなポジションになってしまったから、最初から全開みたいなことをするんじゃないかと心配したのが無駄だった。


 ――まぁ、今まさに私たちが最初から全開する気満々なんだけど。


 階段を駆け上がり、二階へ。

 もちろん、この階にも人の気配はない。

 戦闘は――もっと上のようだ。


「階段探すのもめんどくさい! 『我は全てを置き去りに。光は――」

「待って」


 私が技を使おうとしたところ、氷の人がその手を止めた。


「片手が使えない、私が撃つ」

「――わかった」


 一人の消費を抑える。

 確かに、全員が消耗している状態で魔王と戦える気はしない。各個撃破されて終わりだろう。

 そう考えると、確かに一人の負担を減らすのは正しい判断なのかもしれない。

 ただ、問題というより不安なのは――私と、私のパーティーに託された、ということ。


「氷の人。撃てるの?」

「――撃つ」


 少しやりづらそうにしていた氷の人を見て、光の人が助けようとしたものの、氷の人はそれを払いのけた。

 自分でできると、そう言うことなんだろうか。

 そんなことを考えているうちにも、刀を抜き、詠唱を始めた。


「――『凍れ、凍れ。抱いた熱も手放して。我は望む永久の氷



 ――『永遠たる氷の聖剣』」


 その瞬間、一本の刀から『冷気の刃』が伸びた。

 私のものよりずっと細く、そして鋭い一撃。


「――それ」


 そして気合の欠片も感じない彼女の声を合図に、その爪は振るわれた。




「助かったよ、あとは――任せて」


 天井は崩れ落ち、十程度ありそうな高さをすべて貫き、屋根すら超えて青空をのぞかせる。

 魔王城の最奥、つまり最上階に魔王がいると思われる、と見上げれば、外壁を伝って入り込めそうな道があった。このルートを使う方が良いだろう。

 にしても、と氷の人の刀を見た。

 私のような、相手を倒すためだけの暴力と違って、研ぎ澄まされた芸術のような一撃。それは的確に抉り取り、しかし冷気は物理破壊だけを引き起こして去っていった。


「あとは、任せた」


 氷の人が持つ刀がエネルギーに耐えられなかったのか砕け散る。

 よし、とパーティーメンバーを呼んだ。が、それを待つ時間はなかった。


「おい! こっちだ!」


 苦し気な声。けど、あの声を探していた。

 無事でよかった。


「火の人!」

「さっさと来い! 相性最悪なんだよ!」


 火の人はあちこちに打撲のような跡を作り、今なお魔法で攻められていたが――生きていた。


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