1-18:最善のための最善

 先の戦いのような幹部クラスがいない。むしろ、土の人がこの程度を倒せないことに危機感を抱いているくらいだ。


「『身体強化・光』!」


 身体能力を上げて、さらに奥へと進む。

 いくつかの曲がり角を抜けてたどり着いた最奥は、魔族側と土のパーティーの膠着状態、その中心部だった。

 土の人は馬車を守るように守りを固めていて、いつ顔を出すか、と魔王軍が見張っていたようだ。

 僅かな煙っぽさから、少し前まで攻撃があったことが分かる。


「光っち!」

「土の人! そらぁ!」


 にらみを利かせていた横から、さらに援軍が到着したということに魔族は大きく驚いたようだ。

 確かに、そっちの方向には前線基地代わりにしていたため負傷兵がたくさんいたはずだ、という思考になるのは当然だろう。

 もちろん、私が一人残らず殺した。

 戦意喪失、とはいっても、治療されて戦線に戻られると面倒、恨みを残して国に帰られても面倒。もう汚れ切った今、殺すしか選択肢は残されていない。


「土の人、無事で良かった……」

「ううん、私のパーティーメンバーが一人……」


 土の人が起こしたそれを見ると、胸に矢を受けて横になっている。

 致命傷なのは、ここにいる誰が見ても分かる。

 私は静かに祈りを捧げることしかできない。


 明日には、私の命かもしれない。

 今まで、味方は死なないものだと思っていた。

 事実として、私の味方は一人として死んではいなかった。

 死ぬのはいつも敵で、いつか戦いがきれいに終わると思っていた。


 そんなもの、まやかしだった。

 わかってはいた、なんて、口が裂けても言えなかった。

 祈りなんてそこまで、なんて言っていたけど、どうしようもない気持ちに祈らざるを得なかった。

 そして祈りを静かに終えると、土の人は私をまっすぐに見た。


「ねぇ、私たち、ここで立ち止まるわけにはいかないんだよ」

「……そうだね」

「これから、どうするかなんだよ」

「……そうだね」


 言葉は、まるで現実を見ていなかった証明だと言わんばかりに。

 心は、己の力不足が招いたものだと言わんばかりに。

 きっと、揺れているのは私だけだった。彼女たちはもう、前を向いていた。


 私だけが置いていかれている、なんて感じながらハァ、とため息をついた瞬間、聞きなれた声が。


「光の方、土の方。戦闘は終了しましたか?」

「……終わりましたよ、丁度」

「それは良かった。予定通りです」


 これもまた、予定通りだと、そう言うのか。

 人が死んでなお分かっていたという風なところ、そしてこの先、未来もすべて、まるで見たかのように正確に伝えてくる気味の悪さ。


「それでは、次は合同で、魔王城へと侵攻を続行してください」

「――まだ行けっていうの?」

「そうです。そう聞こえませんでしたか?」


 語気が強い。

 まるで、念の人じゃないみたいに――


「では、行動を開始してください」


 ブツリ、と念話が切られた。

 私の中では、違和感でいっぱいだった。

 そしてそれは土の人も同様なようで、頭を悩ませていた。


「話し方が違うの、まるで別の人に監視されている中で話しているみたいな緊張」

「……確かに、そんな感じがする」


 かっちりとした、しっかりとした話し方。

 少なくとも、私たちが知る念の人はもっと丸くて、穏やかで、伸びた話し方をしていた。

 ――何か、あった?


「――魔王城へ向かおう」

「光っち!? おかしいって絶対!」


 土の人は絶対になんとかしようと考えているようだ。

 けれど、それは出来ない。


「一つ目、私たちは念の人の場所を知らない。二つ目、呼び方が変わらないってことは、念の人は少なくとも自分の意思で話している。三つ目、これも『予定通り』に進行している」

「確かに、そうなんだけど……」


 煮え切らない様子の土の人。

 正直、私もこれが最適解だと思っていない。けど、煮え切らないまま進んでしまうのだけは間違っていると、そう断言できる。

 なら、誰かが――それこそ、リーダーである私たちが迷わないくらいに強く言わないと。


「私たち、勇者になってばらばらの場所に移動させられた。もし、こうして点が偶然みたいに線になるとしたら、変に逸れるべきじゃない、最善の結果にするために」

「――そうだね、そうしよう。馬車で移動している間に、どこに居そうか考えてみようよ」

「そうしよう。土の人のパーティー、準備して!」


 私が光の勇者だからか、手早く準備を始めた土の人のパーティー。


「ねぇ、光っち」

「どうしたの?」

「さっき、最善の結果にするために、って言ってたけどさ、最善って、何が最善なんだろうね」


 こうして、パーティーメンバーを失うくらいなら、戦争なんてしないのが最善じゃないの?

 私だって、考えなかったわけがない。

 その疑問は、当然だった。


「攻められるから、攻めるのかもしれない。もっと失われるから、失うものを少なくしてるのかもしれない」

「分からないのに、従うのはどうして?」

「もう一度――家族と、会いたいから。土の人みたいに、助けを待ってるかもしれないから」

「……そうだね。わかった。ありがとう」


 土の人は、誰がどう見ても無理やり作ったと分かる笑顔を浮かべた。

 けれど、明確に言葉にされた『予定通り』の疑問は、確実に私の心の中に残っている。

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