1-17:心に蓋をして

「起きろ」

「ん……んっ!」


 どうやら、窓の外を見ているうちに寝てしまっていたようだ。

 空を見れば、もう太陽が少し傾いている。昼を過ぎたころなら……二時ごろだろうか。

 体をゆすられ、私は目を覚ました。


「ごめん、寝ちゃってたんだ」

「早く目を覚ませ、準備だ」

「……どうしたの?」


 盾の人がどこか先を睨んでいる。

 そして数秒後、弓の人が声を荒げながら報告する。


「敵確認――三千、戦闘中!」

「儂が援護を飛ばす! 誰の戦闘じゃ!」

「目視確認、土の勇者!」


 土の人が戦闘中か、となると、きっと籠城戦みたいなことになっているだろう。

 援護は――下手に小さいのを撃つよりも。


「土の人なら防御力すごいし、構わず大規模魔法を撃って大丈夫!」

「……分かりましたぞ。勇者様、お手を」


 手をすっ、と伸ばしてくる杖の人。

 何をするのか、と考えながらもとりあえずその手を握った。

 その瞬間、体から魔力が少し、抜き取られた。


「ほほう、これほどの魔力……少し拝借しますぞ」

「分かった、持って行って!」


 抜けた魔力は私の制御を離れていくと、それが杖の人に流れ込んでいく。

 杖の人の目の前には巨大な魔法陣。


「食らえ――『アストラル・フレア』」


 その瞬間、巨大な魔法陣がさらに拡大され、魔法陣から数十、数百もの光線が伸びる。

 それが小さな弾道が描いた残像だと気付いたのは、その数瞬後。

 戦場の至る所が爆発し始めた。一つ一つが破壊を呼び、合わさって更なる破壊を起こした。

 どんな魔法を起動したのか、理解ができる気はしない。

 少なくとも、私には起動できない。緻密な魔法だった。


「ふぅ、寄る年波には抗えない……力不足、申し訳ない」

「大丈夫、最高の戦果だよ! 各員、戦闘準備!」


 盾の人、弓の人がすぐに構える。少し遅れて、杖の人も杖を握りしめた。

 魔力が残っているなら、と心配になるものの、私も剣を構える。


「それじゃ、一足先に!」


 私はいつものように馬車から飛び出すと、土の人が建てたと思われる城目掛けて一気に走る。


 その見覚えのある形状は、ここで籠城すると言わんばかりの堅牢さ。

 速くしないと、とは思っていない。きっと大丈夫だから。

 目視で敵は――ほとんどいない。いても恐らく負傷で動けやしない。動けるのはきっと数人。司令官もいない雑兵が数人なら、戦意もないだろう。

 しかし未だ、戦闘音が響いてくる。


「侵入されてるなぁ……面倒くさい」


 その堅牢な城というのは時に敵を守る壁になる。

 正直敵味方の判別を魔法に任せるなんてことは常識的に考えて不可能だから、土の人はその時守りたい人のために城を築く、そう割り切っているはず。なら、解決方法は一つ。


「なら、中に侵入するだけ」


 私は剣に魔力を帯びさせる。

 聖剣に近い力を一点集中するだけなら詠唱はいらない。一気に出力を上げる。


「そらっ」


 壁を一つ剥す。

 そのまた奥には壁があるのだが――その間には大量の休憩をしている魔族。

 急に日の光を浴びたからか目を細めている魔族は、数秒遅れてその場から距離を取る。


「て、敵襲!」


 矢が一斉に私の方へと飛んでくる。

 良く訓練されている。なんて感想しか抱かないのは、きっと数だけの矢に対する感情が煩わしい以外にないからだろう。命を奪えないものにそれ以上の簡素を求められても困る。


「――ごめんね」


 謝るなら最初からしなければよかったのに。

 自虐めいた心の声が聞こえた気がした

 そんな心の声に蓋をして、私は剣を振るった。


 私は次々と切り捨てていく。次の矢を構える前に、腹を真っ二つに、頭と体を切り離し。

 そこから先は、覚えてなどいなかった。

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