1-14:迷い
「はぁ、はぁ……」
魔力を使い果たしてしまった。これ以上はもう無理だ。
「どうやら、魔力の攻撃を弾いていた、ということらしい。それでも、異常なほどの肉体の硬質さだったが」
「なるほど」
「……わかっててやったわけではなかったのだな」
ため息が漏れる。
誰かが死んでも逃げられたら僥倖、全滅してもおかしくなかった。
偶然、命拾いした。
その事実に、息の整った今ですら焦りを覚える。
道中でこれなら、これからどうなるのか。
そんな想像が頭に染みついては離れない。
このまま戦って死ぬのか……と、少しばかり、ため息をついた。
「勇者よ、質問をいいか」
何? と振り向いたそこには、盾の人が腰を下ろしながら問いかける姿が。
長くなるのかな、という勝手な想像から、私も勝手に、隣に腰を下ろした。
「お前は、戦う理由があるのか?」
「教皇様の命令だから」
「いや、そういうことじゃない、言われたから、とか、命令だから、とかそう言う話じゃない。意志の、感情の話だ」
感情の、と言われた瞬間、頭の中が真っ白になる。
何があるのか、と考えても、一切答えが浮かんでこない。
そしてその反応が来ることを予想していたように、言葉は返って来る。
「先もそうだ。魔王を倒したい、という大願を抱いているなら言葉で惑わされない。見据える先があるなら、移動中に小さい悩みが湧き出ることもない」
答えを探している間に、逃げ道がふさがれていく。
言い訳は、出来そうにないな。
「お手上げだよ、盾の人」
「そうだとは思っていた。次の戦いまでに、少しでも考えてみると良い」
「死にたくなければな」と、そう残して盾の人は立ち上がると、馬車の方へと歩いていく。
その方向には、私の作った死体の山があった。
盾の人を追って、嫌でも目に入ってしまうその風景に、申し訳ない気持ちが今になって出てきた。
お前がやったんだろう、と声が聞こえる。
お前が殺したんだろう、と声が聞こえる。
「そんなわけ、ないのにね」
やっぱり、私は人々の希望たる「勇者」にはなれないんだろう。
どこまでもうじうじ悩んでしまう気がするから。
すぐに馬車に駆け込んで乗ると、またひとつ、ため息を吐いた。
「もう外はいいんですか? もしかすれば次の戦場まで馬車の中ですけれど」
「もう外はいいや、あの山があると休めそうにもないし」
「それもそうですね」
弓の人は少し視線を山に向けて、苦笑いを浮かべては 辺りを見回し始めた。山方向以外を重点的に。
戦う理由、かぁ。
よくあるのは、誰かのために、とかかなぁ。
昔読んだ童話。勇者が魔王を倒す、というありふれた話。
今その勇者になっている、なんて実感が湧かなければ、勇者のように誰かのために戦っている、というような意識もなかった。
それに。
「人のために戦う、ってほど、私崇高な人間なつもりもないし……」
やっぱり、誰かのために戦っていられるほど、今の私に余裕があるとも感じられない。
なら、使命のため?
そう考えて、でも違うと否定した。
誰かに与えられた使命を、私の戦う理由とはき違えるなと言われたばかり。それに、その理由が私の戦う理由足りえないから、きっと私は答えられなかった。
なら、何のため?
私に問いかける。
当然、答えは返ってこない。
どこかに答えが転がっていないものか、と空を見上げた時、唐突にそれは流れた。
「――光の方。戦闘は終わりました?」
「あ、念の人。終わりましたよ。怪我こそあれ、全員無事です」
念の人の得意技、念話。
声を飛ばして会話しあうだけの魔法だが、こと彼女の手にかかれば距離は私たちの数十倍から数百倍だ。
しかし戦闘能力が私たちの中でも随一の低さ。だからきっと、後方から情報伝達の仕事をしているんだろう、と想像は出来ていた。
けれど、戦闘が終わったこのタイミングで都合よく?
そんな疑問を問いかける間もなく、念の人から連絡が入る。
「良かったです。予定通りでした。では、次の行動はこちらで指示します」
「あ、了解です」
どうやら今度は暗号が届くとかそう言ったことはないようだ。
まぁ紙でやり取りする時間ももったいないだろうから、当然と言えば当然だろうけど。
「では次は――一度、中立国家へと戻り、翌日朝八時より、そちらからまっすぐ、魔王城へ侵攻を開始してください」
「……了解です」
念話が切れる感覚。
明日、本拠地に攻め込むなんて、いくらなんでも無理じゃないか、と疑わざるを得ない。
距離もそう近くはないだろう、それに易々と通してくれるほど、魔王軍も馬鹿じゃないだろう。
「どうされましたか?」
「ごめん、ここから魔王場まで直通でどれくらいかかるかな?」
弓の人がそう言うことには詳しそうだから、とりあえず聞いてみることにした。
「そうですね、直通、戦闘の一切がないとしても、地形的に時間がかかりますし……二週間はかかるでしょう」
「そんなにか……」
だというのに、翌日出発。
今はもう夕日と呼べるぐらいに空が赤くなり始めているから、そう時間は多く残されていない。
何をそんなに急いでいるのか、と私は念の人を疑うしかできない。
仮にそれを聞いたところで、答えてはくれないだろうけれど。
「どうしてそんなことを?」
「あぁ、今指令が念話で」
「念話……近くにはいないですよね、となれば流石勇者様、というべきなのでしょうか……」
弓の人は少し考えて、
「それで、指令は……まさか」
「魔王城へ、明日八時だってさ」
「時間がないにもほどがあるでしょう……! 現場が分かっているのか分かっていないのでしょうか!」
少し怒っているように見えるのは気のせいだろうか。まぁ、珍しく語気が強くなっている弓の人を視界に置きながら、今後の行動を考える。
「食料とかも、一回戻ってからじゃないと調達できないよね」
「もう今から戻ると市も終わっているでしょうし……朝市に行く方が良いでしょう」
ともかく、戻らないことには次への行動の布石も打てない。
「盾の人、杖の人! 馬車に乗って、中立国家に戻るよ!」
もうここに用事もない。ならさっさと戻ってしまって、すぐ休んだ方が良さそう。
すぐに走って駆け寄ってくる二人を見ながらも、少しずつ、整理を始めるのだった。
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