1-13:まだ、まだ、まだ

「――名を、聞こうか」

「――名前は、無いよ」


 私はすぐに返した。すると彼女は素っ頓狂な顔をした。

 しかしそれも少しの間。彼女の口は三日月のように歪み、私を見る目は色が変わったように見下すものになっていた。


「ハハハぁ、無様だなぁ!」

「別に、あってもなくても、変わらないでしょ」

「愛してもらえなかったお前が、どうして同じ人間の仲間をするか、理解に悩む」


 今なお口角は上がったまま。

 その表情はどこか確信めいた、自信のようなものを感じさせられる。


「それなら、こっちに来いよ。もっと愛を教えてもらえるぞ」


 それは、教えてもらえるものなのか、と少し疑問を抱くも、すぐに盾の人が私の前に現れると、その大きな盾を地面に突き刺さると思うほどの力で突き刺し、構えた。


「耳を貸すな。愛は交渉の材料になるようなものではない」

「……だよね」


 内心、少し揺れてしまったのが事実だ。というか、今もまだ揺れていると思う。

 親に捨てられた私は、もしかしたら愛を受けずに過ごしていたのかもしれない。と。


 それなら、愛って、一体何?

 そんな疑問に、答えが出るのかもしれない、なんて思いがちらつく。もしその手を取ったら、私は新しい世界を知れるのか、と。


「きっとお前にも、愛をくれる人間はいる。だが今は命の奪い合いだ。気をしっかり保て、邪念を捨てろ。そうでないと愛を知る前に死ぬぞ」

「そうだね、その通り」


 確かに、数秒前まで命の奪い合いをしていたのに、私の疑問を優先してしまった。

 私の気のゆるみだ。聖剣を使って状況が一気に好転したからなのか。

 とりあえず、一度気を引き締めなおす。


「邪魔だね、今はそこの勇者サマと交渉してるってのに」

「必要ない。魔族だけが悪だと言い切るつもりもないが、邪魔をするなら敵だ」


 盾の人は、より一層敵対意識をむき出しにする。

 まるで、何かの仇を見るような、憎悪すら混ざっていそうな目。

 その目を見て、魔族の女は少し体を低くした。

 交渉を諦めた、ということだろう。


「はっ、そう言う人間は初めて見た。人間は皆、魔族は悪だと言うもんだ」

「人間にも悪はいる。なら魔族に正義がいてもおかしくはないだろう。……お前はそうじゃないらしいが」


 そう答えると「無駄話は終わりだ」と盾の人が刺さった盾を持ち上げ、少しずつ距離を詰め始めた。


「まぁ、落ち着け。名乗りを上げようってだけさ」

「……それが流儀と、そう言うものか」

「そうさ。私の流儀」


 それは戦場という血の舞う穢れた場所の中で自然に行われた。


「魔王軍幹部、メイエル。いざ尋常に」


 返答もない声が微かに響く。

 静寂が流れる。

 メイエルが私を凝視した。

 私は盾の人の横に行くと、剣を構える。

 私と相手――メイエルは、どちらからともなく、攻撃を繰り出した。


 ギリィ、と金属同士がぶつかるような硬質な音が響く。

 しかし、片方は拳であるという事実が、どれだけメイエルの肉体が強靭か、物語っているだろう。

 私が下がると、盾の人が前に入り込む。

 メイエルの猛攻が始まった。

 今は攻撃を今、盾の人が一つ一つ、受け止めている。

 が、盾のあちこちがへこんでいるところを見ると、長時間耐えられるようなものでもない。

 私は攻撃を繰り出した後の隙を見て剣を大きく振るも、容易に避けられた。

 身体能力が極端に高い、ってのは嘘だったのかと教皇様を少し恨む。


 後ろから杖の人の援護が飛んできて、私の傷が癒される。


「チッ、面倒な!」


 後衛から潰そうとするメイエルの道を塞ぐように盾の人が来る。

 互いの攻撃力が防御力を超えられないために起きる拮抗状態だったが、蓋を開けてみればこっちの圧倒的な不利。

 なにせ、相手は一人で高い攻撃力と防御力を恐らく魔力の消費なしで使えている。けれどこっちは私が攻撃、補助が杖の人。盾の人が防御、と言った風に分担されている。盾の人が守り切れなくなった瞬間に崩壊するし、杖の人も無限に補助できるわけではない。メイエルのスタミナ切れを狙うには時間が足りなさすぎる。


「おらぁ!」


 その拳はやはり、キレが落ちる気配がない。

 これじゃ、殺される。


「消耗戦には、不利!」


 私は一気に距離を取ると、剣に魔力を込めた。


「十秒、耐えて」

「……任せろ」


 盾の人が、私の前に立つ。


「どけぇえええええ!!」


 流石の盾の人はそれに反応出来ない――と分かっていたからか、あらかじめ盾を置くように構えていた。

 そして経験則だろうか、盾を体ごと前に突き出した。


「ふん!」

「うぐっ」


 拳が伸びきる直前、盾と触れる直前、衝撃が伝わる直前に、斜めになった盾が魔族の腹を抉るように押し出された。

 当然のように無傷だが、それでも十分な隙が稼げた。


「――『絶対なる光の聖剣』」


 もう一度は、意味がないかもしれない。

 けれど、これ以上の解決方法もない。

 剣を振りかぶって――そして、直撃。

 また金属同士がぶつかり合う音が響く。

 剣の金属部はまだ触れていない。纏った光と衝突して、この音だ。


「まだ、まだだ!」

「私は、ここで止まってなんていられないの!」


 剣を両手で掴む。

 一度剣を離して、もう一度振りかぶる。

 その剣に、もう光は宿っていない。

 しかし、その剣は確実に、彼女の体を抉り、割っていく。


「うっ……私は――まだ」


 彼女のその声が聞こえた頃には、その目の光は消えていた。

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