1-12:残数:一

「敵数、千、二千――さらに増えます」

 

 地平線いっぱいに魔族が並んでいる。

 そしてそれをハッタリではないと裏付けるように続く、尚も止まらない的勢力の報告。

 一人ひとりは、脅威じゃないかもしれない。けれど、数が揃えばそれは脅威だ。

 殲滅か、撤退か。

 考えを巡らせる間にも、距離は縮まり続け、戦いの時は刻一刻と近づいているのを直感的に感じる。


「まさか、この数を私たちだけで?」

「その可能性が高いだろう、ここまで馬車は普通に考えても早いと呼べる速度でここまで来ている。他パーティーがいる可能性は薄いだろう」

「引くなら今でしょう」

「しかし、引けば怖気づいたと思った敵軍が侵攻する可能性が……」


 そして、沈黙が数秒流れた後、視線が私に集まった。

 どうやら、最終決定権は私にあるらしい。

 どうしよう、なんて迷っている時間もない。その間にも敵は迫ってきていて、早くしないと取り返しがつかないことになるかもしれない。


 どうにか、被害が出ないように。そう考えたとき、光が差したような気がする。


「私だけ残るよ」


 勇者が強いのならば、私は少なくとも大丈夫。

 皆には死んで欲しくないけど、全員で引けないなら、これしかない。


「では、戦闘ですな」


 しかし、杖の人が、躊躇うことなく立ち上がった。

 弓の人も、矢を準備している。

 盾の人も同様だった。


「私だけで良いの、ほかの皆が」

「私たちはパーティー、一蓮托生というものですよ」

「そうだ。誰一人死ぬことなく、そして生存を最優先に、だ」


 そう盾の人は確認した。

 皆がついてきてくれる。それだけでとても心強い。


 ありがとう、なんて単調に済ませたくはない。

 なら、あとは行動で。

 私が、皆を死なせない。


「もちろん! 御者さん、全速力!」


 その瞬間、パシンという乾いた音と共に、一気に馬車の速度が上がった。


「それじゃ、私が一番槍!」


 私は全速力を出す馬車から飛び出すと、剣を抜いて敵へと迫る。

 敵の山が見えてくる。悪魔やら形のまとまらない敵やらの視線を感じる。寄せ集めのようなその大群だったが、その目に宿る知性と理性は共通して私に訴えかける。


 これはやっぱり、人と人の殺し合いなんだ。と。

 異形も同じか、なんて話じゃない。同じ考えを、同じ思考ができる者同士の戦いなんだ。


 一つ、息を吸う。


「なら、私は!」


 この戦場を生き残るため、私のせいで作戦を失敗になんてさせないため。私のせいで、皆を死なせないため。


 今を耐えて、次につなげるために。

 私は不利を覆す、一発逆転のカードを切る。


「――我は全てを置き去りに。光は絶対、光は道標。汝、絶対の顕現者。 


――『絶対なる光の聖剣』!」


 その瞬間、剣が光を纏い始め――成長するように、ただの剣は雲を超えるほどの輝く大剣へと姿を変える。


「チャージ完了!」


 伸びきった剣を、横一線。


 瞬間、爆音が弾ける。

 ギュリギュリギュリ、と光が普通は立てない音が鳴り止むことを知らずに、敵軍を我がままに駆け巡った。


 次の瞬間、大剣がさらに光を増して――瞬間、弾けた。


 圧倒的な光の量は鎧程度なら貫通、そのまま熱で焼き焦がす。

 貫通を防ごうと思うと、結構な厚さの鎧でもないと不可能。


 ふぅ、と一息つく。

 そこにあったのは、肉の焼ける臭いが漂う、凄惨たる死体の山。

 剣で真っ二つにされた物、急所を貫かれて即死した物。幸か不幸か急所を逸れてもがき苦しんでいる者。


「土の人なら後出しで防ぐのに」


 同じくらいの戦力……勇者みたいな者が敵にも居るものだと思っていたけど、案外そうでもない。相性さえ良ければ、怪我を負うことはない。

 これなら、皆無事に帰ってこれそうだ、という安心。そして、私たちが勇者として戦わないといけないほどの敵がいたら、という少しの不安。


「――これは、なかなか」


 真っ先に着いた弓の人は、その光景を見て戦力残数よりも先に感想を漏らした。

 そして数秒の沈黙、その後「戦力残数、ゼ……」と、そこで止まった。

 ガラリ、と瓦礫が僅かに崩れる音がした。


「残数、一!」


 弓の人は一気に後ろに距離を取った。

 その瞬間、目の前が爆散した。

 私たちは一度大きく距離を取る。


「よくも、やってくれたわね!」


 そこにいたのは、服こそぼろぼろになっているものの、身体に傷はついていない魔族。

 魔法らしい魔法は見えなかった。となると、使っていないと考えたほうが自然。

 でもそうなると、肉体強度だけで攻撃を防いだことになる。それが一番自然なのだから、恐ろしいことこの上ない。

 なにせ、土の人は同じだけの魔力を使って防いでいた、そして他も同様。防ぐという動作を経て、初めて受け止められる。


 つまるところ、体が強いと説明された勇者ですら出来ないことを、目の前の魔族はやってのけた、ということ。

 一応、私の中の最高火力だったんだけど、と少しの焦りを抱く。


 そして「やってくれた」というその言葉から感じる、私のした行動の結果。数多の魔族を殺した、私の剣。

 今になって、私は血の匂いを直に嗅いだ。

 混ざり、混ざり。自身の起こした結果を目の当たりに、どんどんと深く、深く――


「これは戦争だ。甘えた考えは捨てろ」

「……そうだね」


 盾の人がそれを察してか、厳しい言葉で突き放す。

 それが、少し心地よかったのは、どうしてだろうか。

 とりあえず、今は悩んでいる場合ではない。


「邪魔だぁぁぁぁああああ!」


 私の悩んでいたそれを吹き飛ばすように、目の前の魔族は拳を握りしめ、叫びながら肉薄してくる。

 その速度は、氷の人と同等か、それ以上。

 私の目で、ギリギリ捉えられるほどだった。


「ぐうっ!」


 しかし回避行動をするには遅く、辛うじて腕を構え、盾で防御。

 その威力に耐え切れず、一気に吹き飛ばされる。


 しかも、これも魔法を一切使っていない。感覚でそう分かった。


「『フラッシュ』」


 魔力を操作し、光を焚く。

 少し動きが怯んだ。どうやら絡み手は有効なようだ。

 一気に距離を詰めて、腹を殴る。

 武器一つない攻撃、けれど身体強化をのせた一撃は、敵の体を吹き飛ばすには十分だった。


「痛いなぁ!」

「そう言うなら少しは痛がってほしいけど……ね!」


 すぐにバックステップをするも敵のほうが一歩早く、蹴りが掠る。

 しかし態勢を崩し、地面を転がる。


「『治癒』」


 私はすぐに魔法で傷を治癒する。

 敵は――魔法を使う素振りはない。

 私と違って、治すべき傷もないから、使う必要がないと考えたのかもしれない。


 そんな敵は、堂々と腕を組み、口を開いた。


「――名を、聞こうか」

「――名前は、無いよ」


 私は、そう答えるしかなかった。

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