1-10:疑問

 まだ、馬車の旅は続く。

 外を眺めても、のどかな風景が広がるばかり、とても戦争をしているとは思えない、静かな空だった。


 そういえば、こうして私たちが戦いに行くことって、教皇様が決めたんだろうか。

 確か、誰かと打ち合わせをしていたのは教皇様だから、案を出したのはきっとあの人なんだろうけど……

 そうなると、一つ、浮かび上がる謎。


 神って、一体なんだろう。

 教皇様が自分の意思で戦いに行かせているとすれば、神の存在は一切関係ない。でも逆に、神の命令なら、どうして人間という種族に肩入れする。しかも、これだけ平穏で戦火もそこまで広がらない、まだ早い段階で。


 そう思うと、どんどんと教皇様が分からなくなってくる。

 神ってなんだ、教皇ってなんだ。


 私にとって、初めて抱いた教皇様への疑問。

 身近で、世界法則とさえ思っていた存在への不安。

 外の世界をこうして肌で感じたからこそ抱いた、日常への疑念。


 考え出せば、止まることはない。

 何故神に祈るのだろう。

 何故神に縋るのだろう。


 教皇様は、宗教の頂点は、神を見たことがあるんだろうか。


 自分で幾ら考えても、答えは出ない。

 ならばと思い、聞いてみることにした。


「ねぇ、神様っていると思う?」

「それは……」


 皆、一斉に口を閉ざした。

 と、そこで私も皆と同じ思考に至った。

 その表情は、国教の反逆者にはなりたくない、というどこか怖がったものだった。

 確かに、逆らったと知れたら、居場所がなくなる、という想像は容易にできる。


 やっぱり自分で考えるしか、と諦めようとした時。


「あくまで自分の意見、ではあるが」


 沈黙を破るように一人、盾の人が声を出した。


「都合の良い解釈をするために、理外の存在が必要だったからだ、と思う」

「ふぅん……」

「自らに都合の良いことをするために、神という、人知を超越したものを作り出し、仕方ないという免罪符を得た。俺にとっては、これだけが答えだ」


 そして口を閉ざしてしまった。


 周りは口をぽかんと開けながら、彼を見つめた。


 今の言動は、神なんていない、お前らの創り出した都合の良い存在だ、と言っているわけだ。それも、教会で育った人に対して、である。

 つまり、言動の上で明確に敵対したのと同義。

 国で重要な存在である宗教に対して。


「ちょっと、誰か聞いてたらどうするんですか!」


 そんな焦った声には、盾の人は沈黙を貫いた。


 私の質問に対しては選んだ回答をしてくれる、って感じがするけど、それ以外は結構沈黙を貫くイメージの盾の人。

 私だから仕方なく答えたのか、とも思ったけど、理由がないな、とバッサリ切り捨てた。


「ありがと、盾の人」

「……礼には及ばん」


 盾の人は、それっきりまた静かに馬車に揺られていた。


 盾の人の答えが正解だとは誰も言わない。けれど、一つの答えではあった。

 私の答えは、いつか出るんだろうか。


 ゆらゆら、ゆらゆらと。

 未だ馬車は、止まりはしない。

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