1-9:個

「ずっとこの中って、息苦しくない?」

「風は吹いている」

「そういう感じじゃなくてさ、動いてないのが違和感というか」


 現在、パーティーメンバーと共に、馬車に揺られながら移動中だ。

 まぁ半日とかならまだ耐えられただろうけど、正直、馬車に乗り込んでから読んだ一枚の指示書を見た瞬間眩暈がした。


 馬車で一週間の所にある関所を超えて、さらに一週間かけて中立国家クリスタの中枢都市マールへ移動する、というものだった。

 正直、暇だ。なにせ座ってるだけ。体が鈍るどころか、腐りそうなくらい。

 

 ぐぐっと背伸びをした後、はぁ、とため息をついた。


「今、何日目だっけ」

「まだ一日目だ」

「うへぇ……」


 間髪入れずに盾の人が返す。

 弓の人は警戒をするために高いところから辺りを見回している。斥候としての役割が主だとは言え、二週間ずっと警戒し続けるのだろうか。


「私、変わろうかー」

「……いえ、大丈夫です。今はまだ、見晴らしも良いですから」


 確かに、平原のため近づいてくる敵はすぐに見える。一方、遮蔽がほとんどないから戦うなら先手必勝という感じでもある。


「……そうだ、先手必勝で思いだしたけど、私たち戦闘合わせなくて大丈夫かな?」

「大丈夫でしょう。皆、自身の役割をしっかりと認識しています。流石に、強敵――魔王や、四天王などの幹部になるときついでしょうが、そこらの野良には負けないかと」


 その声色には、確かな自信があった。


「それなら良いの」


 外を眺める。

 火の人が、そしてきっと私が欲していた自由は、求めていた外の世界にいるというのに、いざそこに来ると、あまり変わり映えしない世界だった。

 もっとキラキラした、もっと楽園みたいなところだと思っていた。

 結局、囚われた小鳥のようなものだったんだろうか。なんて、手を伸ばして考えてみる。

 どうせ、敵なんていやしないんだ。窓を開けて、外を眺めた。


「外は、どうだ」


 唐突に盾の人は、そう聞いて来た。


「あんまり、思ってたのと違う、っていうか」

「楽園、と言うには何もなく、欲望が渦巻いている」

「……確かに、そうだね」


 皆、一度は考えるものなんだろうか。

 やっぱり、どこかにあるのかな。


「楽園、あると思う?」

「……あるさ」


 自信なさげに、盾の人は断言した。


「ふぅん、どんなかんじ?」

「……集中しろ」


 声色が一つ、下がったような気がした。

 話したくなかったのか、露骨にそっぽを向かれた。

 なんとしても聞きだしてやる、と思っていたその瞬間だった。


「敵襲。距離三千」


 大きな弓を構えて、弓の人が告げた。

 私は剣を取ると、いつでも立ち上がれる姿勢で待機する。


「戦闘を合わせるか、それとも排除だけしてしまうか」

「そうだね、合わせよっか」


 あの弓ならこの距離でも迎撃できるんだろうけど、ぶっつけ本番よりも安心できる。

 いくらばれないようにと言われても、それで作戦失敗しても仕方ないし。


「距離、千。敵数五」


 私でもようやくその姿がはっきり見えた。

 緑の肌に、泥まみれの腰蓑。小柄で、特徴的な猫背をした二足歩行。

 ゴブリンだろう。


「各員、戦闘態勢」


 私は馬車の扉を開ける。全員、どこかの扉からでも動ける。


「距離三百」

「戦闘開始!」


減速する馬車の扉から飛び降りて、私は一気にゴブリンへと駆けだす。

 ゴブリンが弓を構えると、矢を馬車目掛けて撃ち出す。


「失礼する!」


 盾の人が馬車の前に飛び出すと、その矢を盾で受け止める。

 私に当たらないよう飛んでいく魔法を尻目に、剣で切り込みに行く。


「それ」

 私の横を掠って飛んでいく魔法を尻目に、剣でとどめを刺す。


 魔法で二体、剣で二体、矢で一体。

 あっけなく、ゴブリンの群れは全滅した。




「なんか、あっけなかったねー」

「まぁ、この程度当然ですぞ」


 今まで話してこなかった杖の人が口を開いた。

 まぁ確かに、その道に優れた人を選んだみたいなことを言っていた覚えがある。

 これくらい合わせられる、ってことだろう。


「にしても、馬車から飛び降りて傷一つないとは……流石、勇者様」

「何ともないよ、怪我もないし」


 上から来た問いに答える。弓の人は今なお馬車の上に乗って索敵している。そこが

 足をぴんと伸ばしてみる。やっぱり、いつもの足。違和感も特にない。


「それもそうですけど、馬車から飛び降りてからさらに早い速度ですぐに走り出せるのがすごいですよ」


 弓の人は馬車の上からひょっこりと顔を見せた。案外、お茶目なところがあるのかもしれない。


「なんか、勇者ってみんなすごい力を持っているんだよって言われたけど……そう言う所なのかな?」

「まぁ、普通は出来ない。俺もこの重装備が例えなくても、出来る気はしないな」

「そうですねぇ、私は元から出来ないですし、年も年ですから」

「私は速度がもっと遅くないと出来ないです」


 あまり意識はしてこなかったけど、本当に勇者、という強い人のカテゴリに私が入っているということをまじまじと感じさせられた。

 まぁ弓の人は斥候の役割が主らしいから、やっぱり木々とか飛び回るんだろうか。


 そんなことを考えているうちに、馬車はまた走り出した。

 とりあえず、普通に戦闘できそう。そう分かっただけで今夜はぐっすり眠れそうだ。

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