1-8:違和感はなお積み重なる
馬車が一周したころ、空にはもう夕日が差していた。
空気もどこか落ち着き、しっとりと、どこか寂しく祭りの名残を微風が流していく。
ちょうどいた氷の人の隣に座る。
トスン、と小さく音が鳴った。
「はぁ、なんだか疲れた」
「ん、疲れた」
「二人はまだ楽なほうだよぉ、私なんて……」
土の人はぐったりと、私たちの横に倒れ込んだ。
汚れるよ、なんて、言っても無駄なんだろう、というのが表情からひしひしと伝わってきた。
「私なんて?」
「自慢話ばっかり聞かされてもう耳が腐りそう……」
「……それは、お疲れ様」
空気が重くなった気がする。確かに、それに比べれば私の方は楽だったことは間違いない。
話していたのもただの思い出話というか、これまでどんなことをしていたかみたいなことと、あとは私が思った不思議とかを聞いてもらっただけだった。
もしかして、パーティーの人を疲れさせちゃったかな、と今更ながら心配になってきた。
「ねぇ、氷の人はどうだったの?」
「……ずっと無言だった」
「それはそれで大変そうだね……」
でも、氷の人っぽいや、とも思う。
聞けば答えてくれるけれど、自分から話題を振ることはほとんどないし、表情もあまり変わらないからどう思っているかも分からない。
と、そこで他の人達も遅れて帰ってきた。
ほとんどの人の表情にはやはり、疲れが見え隠れしている。
その中で、ぴんぴんとしていたのは火の人。
というか、肌の色が出発前より良くなっているような気がする。表情も柔らかに。
「何かあった?」
少し、聞いてみる。
「外の世界の話を聞けたからな!」
できるだけ声をこらえる努力こそ見えるが、その裏の興奮が隠しきれていない。
抑揚の付き方が大好物を目の前にした土の人と同じだ。と、突然に内気な土の人と活発な火の人との共通点を見つけられて嬉しくなる。
「何笑ってんだよ」
「いや、別に何もないよ」
誤魔化して、一足先に食堂へと向かう。
「光、もう行くの?」
「うん、お腹空いちゃった」
そんな嘘をついてでも、その場所から離れたかった。
私は、少しでも一人になりたいと叫ぶ心のままに、逃げるように後にした。
パレートの時、広がった世界に抱いた高揚感。
それはまるで、私が彼女と同じように――
その後、皆が一度揃って食堂に集まった。
「それでは明日、いよいよ進軍、そして指示書通りに作戦を開始します。今晩は良く休んでください」
「そうだな。それでは勇者様方、神に祈りを捧げましょう」
いつものように、教皇様と祈る。
皆、いつものように。
そしていつものように、食事が始まる。
取り分けて、口に入れ噛んで、噛んで噛んで――
「いつまで噛んでるの、そこまで味が染み出すような奴でもないでしょうに」
「……そうね」
いつの間にか味は全くしなくなっていた。
考えすぎていたなぁ、と少し反省をする。
ふぅ、と一息吐いた。
「悩み事?」
「いや、大丈夫」
また口に運ぶ。
けれど、新しく口に入れたにしては味がしない。僅かな温さだけを感じている。
いや、違う。味はいつもと同じくらいなんだ。
味わう余裕が、私の方になかったんだ。
今さらながらに自分がどれだけ考え込んでいたかを認識した。
「そう」
しかし、大丈夫と言ったからだろうか、問題ないと判断したからだろうか。氷の人はまた黙々と食事を再開した。
ほかの人も、仕草はいつもと同じ。
でも私には、何故か違うように見えた。
表情が違うのか、とも思ったけど、本当にいつもと同じ。
きっと、気のせいだろうと自分に言い聞かせるけれど、感じた違和感は、胸の靄は消えることはなかった。
その日の夜の空は、訳が分からないくらいに眩しく見えた。
「それでは、神のご加護があらんことを」
教皇様に膝をついて、祝辞を聞く。
膝痛い……という誰かのつぶやきは、聞かないことにした。
そして指示書を各一人ずつ、紙で数枚のものを受け取ると、すぐにその通りに馬車で移動を開始した。
早朝、日が昇ったころには、馬車は教会を後にしていた。
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