1-3:勇者たる所以

 私は剣を握る。

 氷の人は二本の刀を、土の人は杖を持っている。

 あれから、結局私と同じようなスタイルの氷の人も呼んだらしく、二人が攻める形での訓練だった。


「そういえば」


 剣で切りつけている間に、氷の人が話しかけてくる。

 集中していない、というよりも、まだ考えるだけの余裕を残している、とかのほうが正しいのかもしれない。そう思いながらも私は返答をなんとか返した。

 その間も、土の人による小さな壁が何十にも作られている。

 ドン、ドンと音がなるものの、土の人が見える様子はない。


「何! 勝負とかはしないからね! 『身体強化・光』!」

「あ、ずるい『身体強化・氷』」


 体に魔力を纏い、力を底上げする。

 そして余裕が出てきたのか、もう一度氷の人は口を開いた。


「それで、明日、誕生日」

「あぁ、火の人がね」

「一応みんな同い年、だけど明日でみんな成人、だから勇者として公表されるって噂」

「……どこで流れてるのよ、それ」

「噂好きの風と」


 噂は噂だ、と切り捨てたかったが、それも出来ないような妙な現実味がある。

 氷の人もそれを話したのは現実になり得ると思ったからだろう。

 そう言えば、風の人が話すことは大抵の作り話と僅かな盗み聞きの事実と聞いたことがある。そのお得意の風魔法をもっとうまく使えば、戦闘訓練でもっと良い成績が収められるのに、と教皇様に残念がられていたが……そんなことは置いておいて。


「もしかしたら、それは盗み聞きの方なのかもね」

「盗み聞きなんて悪趣味なのにね」

「まぁ、趣味だと言っても限度があるとは思うけど……」


 しかしこの情報が事実だったとしたら、風の人はなんてことをしているんだという話である。

 この手の話――特に、外界と関係するような話を教皇様はしない。特に、私たちの耳の届くところでは。まっすぐ聞けばはぐらかされるし、遠回りに聞けばよく回る口でのらりくらりと躱される。

 それは信者さんも同様。口止めされているのか、汗をかいて、顔色を変えては逃げ出してしまう。絶対に話すな、話せば命はないと思え、と言われているような焦りようだ。


 でも、そんな教皇様がもし話すとすれば、それは外と関わるとき。

 もちろん絵にかいたようなお偉いさんが来たら接待するし、食事にだって行く。

 私たちが情報を得られるのは、そんな教皇様とどこかのお偉いさんとの会話の盗み聞きか、あとは落ちている情報誌をあの手この手で取り寄せて読む程度。


 塞がれているとはいえ、ある程度の情報は私たち全員が知っている。

 嘘こそ多いものの、大事な情報源である風の人の盗み聞きだから、無視はできない。

 だからこそ、私たちは裏付けを取る。


「風に、情報誌、できるだけ新しいやつ巻き上げてって頼んでこようかな」

「それをするならさっさと風に盗み聞きか聞いたほうが早い」

「いや、それが本当かどうか怪しいレベルで嘘が上手だから、手っ取り早く外界の情報を見て裏付けしたいなって」

「確かにそれもそう。それか念に頼むか二択」

「そうね。また後で頼んでみる――それじゃ」

「そう、一気に攻める」


 とりあえず、この訓練を終わらせよう。


 二人の意見が合致した。

 二人とも会話を止めて、大技の構えを取る。


「――、――」

「――――――――――」


 小さく、呟くように、悟られぬように詠唱を始める。


「二人とも、どうしたの? 話し声が急に消えたけど――げっ!」


 様子を見に来た土の人が、本気で力を貯めている私たち二人を見てぎょっとする。

 やっぱり、危機を感じる能力に長けてる気がする、と思いながらも、詠唱を止めはしない。


「ちょっと、洒落にならないって!」


 そう言いながらも土の人は土の裏に隠れ詠唱を開始する。後出しで詠唱を初めて間に合うかどうかに疑問を抱いていたが、出さなければ本番でも間に合わないだろう。まぁ、練習で間に合わなかったら……殺しはしない、と思う。

 そして、私たちの詠唱が終わる。


「――、『絶対なる光の聖剣』」

「――、『永遠たる氷の聖剣』」


 そして大振りに得物を振る。

 生まれた波動は高く聳え立っていた堅牢な土壁を易々と引き裂いて、最奥――土の人の元へと容赦なく進んでいく。


「――、『不屈なる土の聖剣』」


 そしてすんでのところで、二人の攻撃を防ぐ土の人の魔法が完成した。

 大きな、そして強靭な黒い壁に、私たちの大技は成すすべなく敗れた。

 静寂、大地に三本の引き裂かれた跡が残った訓練場。

 細く、しかし深々と引き裂かれた爪痕のような大地が、私たちの技の意味を語るようだった。


「そこまでする! 普通!」

「早く終わらせてやろうと思って」

「土の人なら大丈夫かなって……」


 私は少し言い訳がましく行ってみると、ぽこぽこと土の人から拳が飛んでくる。

 じゃれるようなもので痛くはない……けれど、怪我がなかったとはいえ少し申し訳なさがきた。


「ごめんね、ほんと」と謝罪をするも、土の手が止まることはない。

 これは機嫌が戻るまで時間がいるやつだ……と、少しため息を吐く。


 氷の人は気にする素振りも見せずに「私は念のほうに頼みに行ってくる」とだけ言い残し去っていった。


 私は風の人の方か。と、またもため息を吐く。


 風の人の元へ行くとは言っても、その場所ははっきり言って分からない。

 ほかの人以上に自由奔放に動き回り、連絡を取れるのは念の人だけ。それも応じるかどうかは分からないという難易度。


 まぁ、盗み聞きをするにも、ばれた後に逃げるにも位置情報というのは重要だから、それを悟られないようにするのは正しいけれど、こういう時に探さないといけないのは本当に手間だ。闇雲に探せば次の日の朝食まで会えないかもしれない。


 正直、気乗りはしなかった。

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