1-1:最悪の寝覚め
目が覚めた。
またいつもの日常だ、と私は体を起こした。
頬の汗を拭う。
この夢を見た日は、お世辞にも寝覚めが良いとは言えなかった。
ぼやけた思考をそのままに、ぴしゃりとカーテンを開けた。
朝日が無理やりに私の眼球に刺激を及ぼし、靄が晴れるように目が覚めた。
ふわぁ、と出たあくびも、朝日に溶けて消えてゆく。
夢を見なければ、心地の良い朝だったのに。
私の声は、一人の部屋に虚しく響く。
もうすぐ朝食の時間だ。私は陽気に眠らされないように部屋を出た。
「おはよ、光」
「おはよう、氷の人」
私たちは名前を持っておらず、得意なことを簡略化して代わりに呼び合う。
理由は分からないけれど、少なくとも育ての親のような人である教皇様は私たちに名前をつけなかった。
普通名前がないと不便だし、必要なものだと思う。けれど、貰えなかったものはいくら待っても、どこからか湧き上がっては来ないし、捨てた親が降って来て、名前だけつけて言ってもそれはそれで嫌だ。かといって、自分で自分の名前を考える、というのも何か違う気がする。
けれど人数がいるから、特定の一人を呼ぶための呼称というのも当然必要というわけで――そして、今の形に落ち着いたというわけだ。
特にそこにこだわりはない。それはここにいる皆そうだろう。何か思うところがあるなら早々に問題提起をしているだろうから。でも一言もそれがないということから、そこまで名前という存在に固執していない。無論、それは私も。
――もしかしたら、固執する余裕がない人もいるかもしれないけれど。
私は外を眺めた。
囲われているというのに、建物の数倍の広さを誇る訓練場には、抉られたかのような穴があちこちに出来ている。
それを起こす私たち対して、直す人数が足りていないのが原因である。
というのも、私たちは戦うための訓練を受けている。
教皇様は私たちに生きる術を身に着けてもらうため、可愛い女の子は良く狙われる、と口々に言っているものの、私たちもこれだけ一緒に暮らしていれば嫌でも気づいている。
教皇様が私たちのことを『勇者』と呼ぶこと、図書室にある『勇者物語』のこと、そして今、この国が戦争をしていること……とか。
何故かまでは知らない。けれど、そこまで来たら私たちはどう育てられているかなんて、想像できる。
私たちは、きっと戦争で鍵となる存在として育てられているんだろう、と。
むしろ、そうでなければ身を守るために誰もが十年、同じような訓練を受けているということになる。そんなはずはないと、いろいろな情報を探って分かっている。
けれど、教会に訪れる人たちはそういった武術の心得はなく、隙だらけ。
確実に、身を守るというのは方便だろうと、私の、いや私たちの中では共通認識。
いつになったら話してくれるのだろう、と待っているのだけれど、今日の今日まで話してくれる素振りの一つも見せてくれたことはない。
と、そこで教皇様が部屋に、最後に入ってきた。
「それでは勇者様方。今日も神に祈りを捧げましょう」
教皇様が椅子に座る。
朝は皆で食卓を囲むのがルール。
他はそうじゃないのかな、と、未だもう一つしか見たことがない家族の形を想像しながらも、祈りの姿勢を取る。
毎日しすぎてお願いすることがもう尽きてしまった、というよりも、あれもこれも祈ってしまうと頼り切りみたいであまり心地が良くなかった。
だから、結局目を瞑って物思いにふけることがほとんどだった。
そして考えることはいつも、日々とは関係のないどうでも良いこと。
けれど、あの夢を見た日はそのことばかりを考えていた。
教皇様は十五歳の君たちにとってそれは普通だよ、というものの、特にどんな選択肢があるか、なんて教えてもらえなかった。
それはまるで未来は決まっている、なんて言われているようで――でも、それでも仕方がないと許容している自分もいる。
どうせ、親にすら必要とされていないなら、せめて戦争で役に立って死のう。
死ぬことまで考えているのは私くらいかもしれないけど。
そんなうちに、祈りの時間が終わる。
「それでは、冷めないうちにいただきましょうか」
教皇様のその言葉で、朝食が始まる。
差し込む朝日が、今日は何故か鬱陶しく感じていた。
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