第三話 円柱が巨木のように聳え立っていた

 二人は深い森の中を歩いていた。


 木々の地肌は荒々しく、幹は二人が手をつないでも到底届かないほどに太かった。

 柔らかな落ち葉に覆われた地面は歩いていて心地よかった。近くに川が流れているのか、かすかに水のにおいがした。


 唐突に少女が「あっ」と言ってしゃがみこんだ。男性が振り返ると、太ももからふくらはぎに掛けて赤い血が一筋流れていた。

 心配する男性をなだめ、少女は川で水浴びがしたいと言い残して一人で小川に向かって歩き始めた。いつの間にか腰まで伸びた銀髪が木間に揺れて消えていった。


 手持無沙汰になった男は大きな木の幹に背を預け、柔らかな木漏こもれ日を眺めた。日差しは暖かく心地よかったが、男の心はややもすると毎夜のように見る夢の事に引き寄せられた。夢の中で男は暗い部屋に閉じ込められており、少女を激しい言葉で罵倒ばとうしていた。男には何故その様な夢を見るのか不思議でならなかった。うなされて目覚めた後、自分の言葉をただの一言も思い出すことができなかった。


 やがて少女は水を浴びてさっぱりした顔で戻ってきた。どこでんだのか、その銀色の髪には鮮やかな赤い花が飾られていた。

「あなたも同じ髪の色だから似合うはずよ」そういって少女は男性の髪にもやや小ぶりの花を挿してくれた。

 その日はそれ以上の歩みは重ねず、その場で眠る事にした。そのような事が月に数回続くようになり、やがて男性も慣れて気にする事もなくなっていった。


 森が途切れ、平原が続くようになるころ、いつしか男性の心に旅の終わりが近いという予感が芽生え始めていた。

 周囲の植物は再び丈の低いものばかりになっていた。

 その頃から天候が崩れ始め、大雨の日が多くなってきた。たたきつけるような大粒の雨に雷が重なり、身を隠す事のできない二人は地面のくぼみに身をかがめ、嵐が収まるのを待たなければならなかった。


 下草がコケ類になり、やがて植物の生えない瓦礫がれきばかりになるころ、二人はひどい嵐に襲われた。強烈な風が四方から交互に吹きつけ、落雷が立て続けに大地を穿うがった。雷が落ちるたびに地面が揺れ、少女が短い悲鳴を上げた。


 身を隠す場所を探す二人は、前方の丘の上に雷光でわずかに光る建物を見た。

「あそこに避難しよう」。男性は風に負けないよう大声で怒鳴ると嵐を突いて歩き始めた。雨は地面に濁流だくりゅうを生み、二人の足をすくおうとした。しかしいつしか少女の背丈は男性に追いつくほどに伸び、その手足にはしなやかで疲れをしらない筋肉がついていた。

 二人は互いを支えながら、這うようにして丘のふもとにたどり着いた。


 建物は遠くから見たよりもはるかに巨大だった。

 建物へと続く階段の両脇には、巨木の森のような石の円柱が2列に並んで天をくようにそびえたっていた。階段も柱も二人が見たことのない滑らかな石でできていた。


 建物へと駆け込む二人を襲う様に近くで立て続けに雷がぜた。

 目もくらむ光を背に、二人は建物の中へと駆け込んだ。扉の前には複雑な文様が刻まれた巨大な金属製の日時計がおかれ、稲光いなびかりにでたらめな時を示し続けていた。二人は息を弾ませ、わずかに開いた扉の隙間から転がり込んだ。


 扉は二人の背丈の数倍もある金属製で容易には動かなかったが、力を合わせると耳障みみざわりなきしみを残して動き始めた。

 扉が音を立てて閉まると、二人は先ほどの雷鳴が嘘のような静けさと暗闇の中に取り残された。

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