バイバイ

小堂シグレ

第1話

「今度映画見に行かない?」

「えー?何見んの」

「この前見たやつ!」

「…気が向いたらな」

「なんでよー!いいじゃん行こうよー」

「気が向いたらって言ってるだろー?」

「日にち決めとくから、絶対行くから!」

「はいはい、予定空けときますよ」

「よっしゃ!楽しみにしてるね」

「うん」

「上映中寝たら許さないからね」

「うん」

「約束だからね」

「分かってるよ、てかそろそろ家に帰る時間だろ」

「やだ、まだここにいる」

「だめー、帰らないと親が心配するよ」

「……」

「今日ご飯作らなきゃでしょ」

「うん…」

「みんなお腹空くから」

「…分かった」

「ん、気をつけて帰れよ」

「また明日ね」

「うん、バイバイ」


「愛してるよ」

「なに急に」

「いや?」

「私も愛してるよ」

「…ありがとう」

「ふふ、変な人」

「うるさいなぁ、早く行けよ」

「はいはい、またね」

「うん、ばいばい」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


彼女は諦めたくなかったのかもしれない。

彼女が去ったその部屋は白くて寂しい病室。

最後の彼女の姿が見えなくなって僕は声をあげて泣いた。

余命半年と告げられ、その時にあわせるかのように身体は壊れていく。

明日の朝、僕は死ぬ。

自分でわかる。

だがどうか悪夢であってほしいと願うのだ。

こんなどうしようもない身体を引きずりながらもまだ生きたいと思うのだ。

元気だった頃見たあの映画は僕のお気に入りだった。

また彼女と見たかった。

また明日と言った彼女、映画の約束を誓った自分。

臆病なんだ、君も僕も。

僕はもうここで終わるけど君はまだ歩いて行ける。

幸せになってね、僕の分も。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


彼が死んだ。

分かっていた事だった。

悲しく儚く脆い。

不確かで未来さえ見えない暗闇であなたは生きてた。

でもその足は柔弱で今にも崩れそうだった。

それでもあなたは私を甘やかしてくれた。

映画を一緒に見てくれると。

これから私はあの人と見るはずだった映画を見て、訳の分からない所で泣いて、きっとあなたを思い出す。

「また見に行こうよ」

何度も言っていたあなたを。

分かっていた、だから失いたくなかった。

「また明日ね」

この言葉は「バイバイ」によって掻き消され、私の頭の中で反復される。

ただ純粋に生きていてほしかった。

ただそれだけなのだ。


「またねって、明日も言わせてよ」


そう灼熱の炎を睨みつけて言うのだ。

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バイバイ 小堂シグレ @Yoruno_

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