第十六話「あなたのいいなりになります➁」

「ほら、健司くん。”あなたのいいなりになります”っていってよ」


これを断ったら間違いなく俺は殺される。


一見、ただの成人男性のような体は、おそらくとんでもないほど鍛えられている。


健司は格闘技の経験など全くなかったが、勝ち目がないことは察していた。


「わかった……言おう……」


「やっと……わかってくれたかい?」


ベンタくんは一歩健司ににじり寄る。


「ただ……お前の正体をはっきりさせてくれ」


健司はすでに”死の覚悟”などできていなかった。もともと悪いほうではない脳みそをフル回転させていた。


「もうわかっているだろ……いじめたほうは記憶に残らないと聞くけど……君は違う……」


「……。」


「健司くん、君はいじめられていたんだよ、僕を虐めているときに……!」


健司はなんのことかわからなかった。健司に虐められていた記憶などない。


「君は自分に虐められていたんだ……僕をいじめていたとき、苦しかったろう……君は、”絶望”を感じていたろう……」


健司はこの男にすべてを見透かされている気がして、とても気味が悪かった。


「やっぱりお前は……サヤマくんだろ……」


「……」


ベンタ君は自分のビニール袋に手をやる。


そしておもむろに取り外した。


「……あなたは……!!」


ベンタ君の正体は高校時代の健司たちの教師、奥村であった。


「ど、どうして……」


しかし奥村の様子はどこかおかしかった。


「健司……、大きくなったな……」


ビニールをはずした途端、声色が優しくなる。


「ほ、本当にあなたがベンタ君だったんですか……?」


「ああ、そうだ……だがやりたくてやっているわけじゃない、操られているんだよ」


「な……じゃあなぜ今そんなことを俺に話せているんだ!!」


「自分でもわからない……数か月前、俺のもとに突然、サヤマが現れた……黒ビニールをかぶっていたが、声や話している内容でわかったんだ……」


健司は奥村の話を聞きながら、様々な疑問を感じていた。


「すると今と同じようなことを言われた……当時俺は見て見ぬふりをしていたが、罪悪感は永遠に感じていたからな……」


「それで……言ってしまったのか……」


「ああ……”あなたのいいなりになります”って……」


健司は、なぜ今奥村が動けているのかが疑問だった。


あんな正確に操れるということにはなにか理由があるはずだ。少なくともこの状況は把握している。サヤマはなぜこの誤作動を止められていないのか。


「でもいま……強い想いで復活できたってことなんだすか……」


健司は奥村に問う。


「ああ……そうなのかもしれない……」


「わかりました……あなたを信じます。じゃあ、どうです? せっかく解放されたんだし、”連れション”でも?」


「……はあ? ま、まあいいけど……」


奥村はキョトンとした顔をした。しかし、健司がトイレへ歩いていくと、後ろをついてきた。


健司はタバコを一本取り出し、小便をし始める。


奥村に完全に背中を向けた。


奥村の眼からは光が消えた。健司には見えていなかったが、眼球が光沢を失っていた。


そしてスーツのすそにあったナイフを取り出した。


健司からはどんな角度からも奥村の姿は見えない。


その時、天井から警報はなった。そして、水が放出された。


健司の吸ったタバコの煙で、天井のスプリンクラーが作動したのだ。


しかし、奥村の気配は動かない、まったく動揺していないのだ。


健司はここであることを確信した、そして小便器から突然移動した。


小便器からは急に大量の水が噴き出した。健司がパイプをはずしていたからだ。


その水はすべて奥村に吹きかかった。


「やっぱり、読みは正しかったな」


奥村は水を浴びせられてから倒れている。


健司は奥村の体を少し強く叩く。


奥村の体を、健司は”鋼鉄”のようだと感じたが、彼の体は紛れもない鋼鉄であった。


「機械……眼球がカメラにでもなってんだろ、だから俺の背中しか見れなくて、俺が細工をしてるのに気づかなかった」


健司は奥村が機械であったことに心底安心した。


しかし同時に、こんなにも精巧な人間を作れるサヤマの技術力に恐怖した。


そしてもう一つ、違和感を覚えた。


奥村の喋り方、考え方の正確さである。


当時のまったくコピーというわけではなく、年を重ねていた。


これ以上嫌なことを考えるのはやめた。

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