第13話 花火の競演の中、俺を巡る死闘が始まってしまいました
暗がりと、多勢で無勢を襲えるという過信で、男たちの理性はすでに吹き飛んでいた。
身動きできない俺を張り倒して、対照的な美少女ふたりの浴衣を引き剥がす……。
そのケリがつくまでは、ほんの数秒だった。
恐れていた光景を前に、俺はつぶやく。
「言わんこっちゃない……」
男たちは片端から薙ぎ倒されて、気を失っていた。
こうならないように、俺がどれだけ頭を働かせたか。
こいつらに囲まれたとき、手っ取り早い逃げ方はあった。
羅羽や咲耶にどう思われようと、なりふり構わず助けを求めればよかったのだ。
だが、こういう連中は執念深い。
その場では逃げ去ったとしても、帰り道で襲ってくるかもしれなかった。
「……こうなることも知らずに」
羅羽や咲耶の手を汚すくらいなら、ふたりを逃がして俺が殴られたほうがマシだった。
いや、どっちもたぶん、逃げなかっただろう。
そうなれば、結果は同じだったはずだ。。
むしろ、実際に逃げ去ったのは、そいつらを唆した女の子のほうだった。
そんなわけで。
轟音と共に夜の空高く明滅する花火の下に佇んでいるのは、ふたりだけだった。
男たちをことごとく瞬殺して、浴衣の乱れもなく対峙する美少女たち。
羅羽は、冷ややかに笑った。
「やるじゃない……怖いよね、お兄ちゃん」
答えられるわけもない俺に、わざわざ振ってくる。
確かにさっき、羅羽の目の前で、咲耶は俺にキスした。
だが男の身で、それを女の子のせいにするわけにもいかない。
自分でかけた金縛りを自分で解いた咲耶は、余裕たっぷりに答えた。
「さすがだね……生まれるのは鬼の子だよ、やっぱり」
賞賛とも皮肉ともつかない声で、言わなくてもいいことをわざわざ言う。
不敵な笑みを浮かべて、鬼と退魔師は再び睨み合った。
ぶつかりあう気迫が、肌にビリビリくる。
俺が本当に恐れていたのは、これだった。
だが、挑発を挑発で返されても、羅羽は思いのほか落ち着いていた。
いきなり、ぽつりとつぶやく。
「お兄ちゃんと一緒にいられればいい」
そのひと言には、何か切ない響きがあった。
片や、答える咲耶の口調は厳しい。
「それは、わがままだよ」
羅羽は答えなかった。
唇を固く引き結んで、目を伏せる。
見ている俺も、いたたまれなくなって口を挟んだ。
「花火……見ようよ」
だが、咲耶は哀しげに言った。
「花火ってさ、いつかは終わるんだ」
それが意味することは、羅羽も察しがついたらしい。
「そうね」
開いては消える花火に照らし出されたのは、元の張りつめた顔だった。
そこで咲耶は、声を和らげる。
「ここで倒したら、納得してくれる?」
宣戦布告どころか、勝利の予告だった。
こんな咲耶は、見たくない。
俺は思い切って、はっきりと言った。
「やめろよ」
咲耶は冷たく澄んだ、真剣な眼差しで見つめ返す。
「じゃあ、どっちか選んで、ここで」
静かな、しかし毅然とした問いだった。
だが、いきなり踏み込まれても、答えられるものではない。
「それは……」
俺は口ごもったが、羅羽も咲耶も、返事を期待してはいなかったようだった。
暗い地面には、祭下駄が転がる。
暗い夜空へと、山吹色と青色の浴衣が舞い上がった。
高々とかかった天の川が、羅羽と咲耶を隔てている。
そのぼんやりした光は、幻でも何でもない。
ふたりの上に大輪の花火が咲いても、かき消されることはなかった。
その轟音の中で、羅羽は叫ぶ。
「無理言わないで! お兄ちゃんに」
怒りとも悲しみともつかない、しかし、混じりっけのない感情がそのまま声になって現れていた。
咲耶の声も、高らかに響き渡る。
「受け止めてあげるよ、キミの思い! だけど……」
そこから先は、言葉にならなかった。
まるで時間が止まったかのように、羅羽と咲耶の姿は宙に留まる。
だが、それもほんのわずかの間のことだった。
澄んだ音と共に、ふたつの影が凄まじい速さで交差する。
ほとんど同時に地面へ膝をついた羅羽と咲耶の手には、それぞれの武器があった。
白くしなやかな指の先で、花火の明滅を鈍く返すのは、鋼の長い爪だ。
羅羽が言った。
「帰りに着るものがなくなっちゃうよ。それとも、その身体、人前に晒して歩く?」
頭の中に浮かびそうな咲耶の乱れ姿を、俺は頭を振って打ち消した。
また、金縛りに遭ってはかなわない。
その術をかけた張本人の手の中で、夜闇にも鋭く冷たく光るのは、優雅に反りを打った短刀だ。
咲耶が言った。
「ボクがその気になれば、キミもそうなる。あんまり、克衛に心配かけないでくれ」
そう言ってくれるのはありがたい。
それなら、まず、目の前で死に物狂いの戦いをするのはやめてほしかった。
だが、俺の心配は届かない。
花火が終わりに近づいたのか、夜空に閃く光と、辺りに轟く音とが忙しく繰り返される。
そのリズムに合わせるように、ふたつの影は何度となくすれ違う。
刃のぶつかり合う、澄んだ音がどれほど繰り返されただろうか。
やがて、羅羽が苛立たしげに言った。
「邪魔ね」
確かに浴衣姿では、フットワークが利かない。
だが、羅羽は、わざわざ浴衣を脱ぎ捨てることもなかったのだ。
俺がそれに気付いたときは、もう遅かった。
「ダメだ!」
叫ぶ俺の前で、羅羽は鬼の姿を現していた。
額には、小さな角が生えている。
口から吐く炎は、闇の中に陽炎を白く揺らめかせている。
「あっちへ行ってて」
そう言ったのは、自らの変身を恥じてのことではない。
その身体は、プールで見たビキニ姿と同じ形で、陽炎に隠されている。
つまり、何も着てはいなかった。
それを隠そうとして、俺はかけてやる服を脱いで走り寄る。
だが、羅羽は、その裸身を晒すのを恥じていたわけでもなかった。
「どいて」
そう言って歩いていく先にいるのは、もちろん咲耶だ。
俺は羅羽の後ろへと押しやられてしまったが、それはかえって好都合だった。
「許せ!」
俺は後ろ手にスマホのストラップを投げてやった。
犬の形をした藁人形だ。
……くおおおおん!
たちまちのうちに無数の狐たちが、四方八方から光の尾を引いて集まってきた。
凄まじい速さで、羅羽と咲耶の間を何度となく飛び交う。
やがてそれは大きな光の壁となって、お互いの行く手を阻んだ。
羅羽はキッと振り向くと、金切り声で叫んだ。
「嫌い! お兄ちゃんなんか!」
そこへ、浴衣を自ら脱ぎ捨てたのは咲耶だった。
花火の光に照らされた姿を見てしまったら、また金縛りに遭うかもしれない。
俺は思わず目をそらした。
「や、やめろ!」
だが、否応なく聞こえてきたのは、何度となく風を切る音だった。
狐たちの鳴き声が、次第に小さくなっていく。
「咲耶?」
金縛りの心配がないと分かって、ようやく様子をうかがうことができた。
そこで見たものは、凄まじい速さで短刀を振るう咲耶だった。
胴衣と脚絆、手甲のようなものの下に着込んでいるのは、真っ黒なダイバースーツのような服だ。
いや、違う。
花火の光にギラギラ光っている。
それは、細い金属で編んだ
忍者装束に身を固めた咲耶が短刀を振るうたびに、狐たちはその場を離れて姿を消していく。
もともと咲耶の力で呼び出されたものが、咲耶に祓えないわけがなかった。
花火の競演が終わると、夜空にはしばしの静けさが訪れた。
狐たちの放つ光が消えて、俺の周りにも暗闇が戻ってくる。
だが、俺たちが息つく間もなく、その静寂は甲高い悲鳴で切り裂かれた。
俺たちは、ハッとしてその声のする方を見た。
「何だ?」
「何よ!
「何かな」
夜闇の中からふらふらと現れたのは、逃げ去ったはずのヤンキー娘だった。
羅羽の身体が放つ燐光に、その目はぼんやりと光っている。
その身体に似つかわしくない低い声が、俺たちに告げた。
「見出だしたり……掟に背きし者」
それっきり、ばったり倒れて動かない。
羅羽が呆然とつぶやいた。
「鬼……連れ戻しに来たんだ」
その身体がまとうのと同じ燐光が、俺たちを取り囲む。
やがて、それは一斉に襲いかかってきた。
俺めがけて。
そこへ、短刀を構えた咲耶が斬り込んできた。
「克衛!」
だが、その身体は弾き飛ばされて、闇夜に高々と舞い上がる。
そのまま地面に叩きつけられて、動かなくなった。
「咲耶!」
俺が呼んでも、答えは返ってこない。
その間にも、鬼たちのまとう燐光は、俺を押し包んでくる。
「お兄ちゃん!」
それを阻んだのは、俺を背にして立ちはだかった羅羽だった。
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