第1話『レネゲイドの消えた世界』

(……い…………お……い……)


(う、うーん?)


(おいっ!柊真!)


「!!」


 荒っぽい自分の声とともに、俺は目を覚ます。


 ケミカルな革の匂い。染み付いたタバコの匂いと、伝わってくる揺れ。


 手首には荒縄。口には猿ぐつわ。

 …………俺は縛りつけられて、車に乗せられていた。



「…………。」


 目を横に動かせば、見るからにガラの悪いが男達が喋くっている。



「適当に攫った割には身なり結構良いし、それなりの家に住んでそうだな」


「まぁ孤児でも警察なり学校なり脅せばそれなりの額もらえるだろ!」


「これでしばらく遊んで暮らせるぜ!ひゃははは!」



 .........そうだ、俺はいつものようには学校から帰る途中、不覚にも人攫いにあったんだった。


 急だったから対処も出来なかった。



(ちっ、『オレ』だったらこんな事にはなんねーのによ。)


(……悪い。『リヒト』。俺が油断してたせいで……)


『もう一人の自分』が愚痴を漏らす。こういう愚痴もいつもの事だ。


 ……悪党達は俺が目を覚ました事に気がついてないらしい。

 普通なら、かなりの危機だ。



 ――――そう、『普通なら』。



(…………柊真、やる事は分かってんよな?)


(分かってるよ。ぶっ飛ばせばいいんだろ?)


(ああ!その意気だぜ!)



 ―――――でも、超人オーヴァードなら、どうってことは無い。



 目を閉じて思い浮かべる。『俺』ではない姿を。





 数秒後、柊真の身体は変化していく。

 全身が鎧われ、四肢が肥大する。


 そこにいる人が見たならば、その姿は獣―――いや、分かる人が見れば、ガンダム作品の『ガンダムバルバトスルプスレクス』の姿になった柊真がいた。


 知らなくても、『ロボアニメ』に出てくる何かだと言うことは明白だろう。


『完全獣化』。オーヴァードの能力の一つ、キュマイラシンドロームによるものだ。



 …………キュマイラとは一体何か、を問いたくなる変化だが。





 獣化したことで、猿ぐつわと手首の紐が引きちぎられる。



(……よし。)



 尻尾――レクステイルに炎を纏わせ、そのままフロントガラスへと突き刺す。



 ――――炎を操るのも、オーヴァードの力の一端、サラマンダーシンドロームによるものだ――――



 ガシャン!



 派手な音を立てて、レクステイルがガラスに突き刺さる。



「う、うわっ、なんだ!?このガキ、起きてやがったのか!?って、なんだ、あれは!?」


 死なせる気はないが、こんな状況だ。


「オラアッ!」


 男達の頭を拳でぶん殴る。

 突然の事に男達は為す術なく倒れる。


 ハンドル制御を失った車は、蛇行の挙句路肩に衝突した。


 男達は衝撃をモロにくらって気絶したらしい。

 動く気配はない。

 …………まあ、エアバックが作動しただろう。

 死んでは無いはずだ。



(……ふう。)


(ちっ、さっさと出るぞ。)



 俺はひしゃげた車のドアを蹴り開ける。



 獣化を解いた後、外に出れば、雪がちらついていた。



(……そういえば。)



 今日の夜、天気予報で雪が降るという話だった。



「ってか、ここ何処だ?」



 辺りを見渡す。どうやらどこかの山道らしい。

 木々は開けており、夜景の街を見渡すことが出来そうだ。


 見渡せば、広がる街。

 雪の積もった街の屋根が顔を覗かせ、

 遠くにはランドマークの建物が遠くに見える。



「んー…………。」


 すうっ、と息を吸い込めば、澄んだ空気が美味しく感じた。



「……んっ?」



 そこで俺は違和感に気がついた。


 確かに、見えるのは俺が住む街に違いない。

 でも、一つだけ何か違う。


 それは、俺のそばにあった"非日常"。


 息を吸い込めば、必ずあった物。それが見当たらない。


 まさかと思い、探知範囲を広げてみる。

 …………でも、全く知覚出来ない。



 ―――一切レネゲイドが感知出来ない。



「どうなってやがる……?」

「いや、リヒト、俺に言われても……」



 明らかな異常事態だ。

 だが、俺はハッキリとエフェクトを使えた。

 つまり俺のレネゲイドは生きている。


 この事からわかる事実は一つ。



 ―――――世界から、レネゲイドが消えたということだ。







(……なんだ?ソラリスシンドロームの幻覚か?)



 そんな風に俺が考えていると。



「き、君……すごいね。助けてくれてありがとう。」



 背後からかけられた声に振り返ると、誰か車から這い出て来ていた。


 俺と同じくらいの歳だろうか。

 黒い髪に丸い目、眼鏡。


 言動から察するに、俺がガンダム姿になって悪党をぶちのめした所をバッチリ見ていたらしい。

 手首を縛られているのをみると、俺と同じく誘拐されてきた、という所だろう。



「いや、いいんだ。気にしなくて。」


「……そっか。えっと、とりあえずこれ解いてもらっていいかな...」


 俺は彼の紐を解いた。


「僕は織田 正義。僕が誘拐されたところに、

 気絶した君が追加で放り込まれて……

 さっきのやつって手品?魔法?漫画みたいですっごくかっこよかった!」


「えっ、と……俺は柊真。上城 柊真だ。

 ……随分と戦国武将みたいな名前なんだな。」


「えっ!?…………まあ、そうだよね。

 名前負けしちゃってるし。」


「『正義』って書いて『ジャスティス』っては読まないんだな。」


「……へっ?」


 …………そんなトンチンカンな会話を繰り広げた所で。

 彼も非オーヴァードだろう。

 本当ならUGNに連絡し記憶処理をしてもらうべきだが…………

 どういう訳だが、記憶に引っ掛かりを覚える。

 何故か織田と離れるべきでは無いと思った。



(おい、リヒト。勝手に出てくるなよ。)

(わーったよ。……連絡しなくていいのか?記憶処理ぶち込んで貰うべきだろ?)


(……いや。なんか、しない方がいいような……?)

(はあっ!?)


「……あ?なんだてめぇ。」

「ん?今のは?」


 キョトンと織田が俺を見る。


(おいっ!出てくるなって言ったばかりだろ!!)

「いや、えーと……」


「君、もしかして二重人格、とか?かっこいい!」

「あっ……えっと……まぁ、そんなもんだけど……

 …………勝手に出てくるな、って言ったろ……リヒト……」


「…………ちっ。」



 一人漫才を繰り広げる俺達を見る、

 織田の目はとてもキラキラしている。

 まるでヒーローに憧れる子供だ。



「……とりあえず、警察に連絡すべきだと思うが。」


「あっ、そうだね!」




 連絡の後、程なくして警察が現れ、悪党達は拘束された。

 俺達は署へと送られ、簡単な取り調べを受けて解放された。


 ……警察はフロントガラスに空いた穴を不審がっていたが、衝突した時に起きた穴だろうと解釈したようで、あまり深くは追求されなかった。




 そして署を出た後、俺と織田は並んで歩いていた。



「ねぇ、君の住んでるトコはどこ?何駅が近いとかある?」


「んー?俺は……N市駅だな。」


「…………うわ、結構遠い…………」



 そう織田はポチポチとガラケーを弄る。

 ……今頃ガラケー?珍しいな。



「ってか、もう終電も終わってる時間では…………?」



 彼の携帯には時刻は23時を回ろうというところだった。

 いくら都心に近くとも、確かにこの時間帯だともう電車は終わってるだろう。



「どーすっかなぁ……兄さんも心配してるだろうし……」


「んー……良かったら、僕の家泊まる?調べたけど、歩いて帰れそうな距離だからさ。」



 現在地を調べてみると、確かにここから家に帰るのは遠すぎる。

 逆に織田の家はすぐの街らしい。


「……いいのか?」


「一人暮らしだから人を上げるのは全然平気だし、お礼もしたいしさ!」


「じゃあ、お言葉に甘えて。」

「へっ、よく出来てんじゃん。」

「だから勝手に出てくるな!」


「あはは…………」



 そんな風に会話をしながら、俺は辺りを見渡して見る。

 見慣れた街だ。そう、変わりない。

 …………変わりはない、んだが……


 路地裏にも、ビルの屋上にも。

 いつもなら見つけていた"非日常"。

 それが見当たらない。


(……妙だな。ジャームすらいやしねぇ。どうなってやがる??)


 リヒトが疑問に思うぐらいには、穏やかな時間が舞い落ちる雪のごとく、ゆるりと流れる。


 どこを見渡しても普通の世界。

 レネゲイドがばらまかれた後の世界しか知らない俺にとっては、何だか異質だ。



「あっ、そうだ!」


「どうした?」


「帰りにスーパー寄ってもいいかな。」


「いいけど、どうして?」


「……そういえば、家の冷蔵庫空っぽだったなって……」


「一人暮らしなのに在庫ねぇのかよ……」


「あっ……えっと……」


「リ〜ヒ〜ト?……悪ぃ、もう一人が失礼なこと言って……」


「ううん、気にしなくていいんだよ。」



 そうして俺と織田は24時間営業のスーパーに向かった。


 夕飯の食材を買い終えたあと、お菓子を買うことになった。

 織田も心なしか、浮き立って見える。

 …………多分、初めて家に客を招くんだろう。



「あっ、柊真君は好きなお菓子とかある?」


「んー?俺はチョコレート系統のお菓子が好きだな。」


「じゃあ、それも買って……もう一人の方は……リヒト君だっけ?リヒト君は何が好き?」


「あー……オレは、しょっぱいやつが好きだな。」


「じゃあ適当にこれでいいかな。」



 そう言って織田はお煎餅やポテチなど、しょっぱいお菓子を入れている。



「まあ、こんな所かな。じゃあ、帰ろうか。」


 そんなこんなで買い物を終えてスーパーから出た時だ。



「うわっ!?」



 咄嗟に隣を見ると、織田が尻もちをついていた。



「どうした!?何があった?」


「……カバン!」



 織田が指さす先には、カバンを持ってバイクに向かって走る男。

 …………どうやらひったくり犯らしい。二人でさっさと逃げる魂胆なんだろう。



「おい!」

 
「わかった!言われなくても!」



 俺は走り出す。

 キュマイラの能力の一つ、脚力強化ハンティングスタイルを用いて先回りをし、人通りの少なくなった道で待ち構える。


 そして走行してきたひったくり犯のバイクへ蹴りを叩き込む。



 ガシャン!



 強烈な蹴りにバイクは壊れ、ひったくり犯の手から織田のカバンが放り出される。


 俺は宙に浮いたそれを、ジャンプキャッチした。



「へっへーん。正義執行ってやつだ!」



「だったら勝手に出てくるな。リヒト。」



「……ちっ。」


「あーあ……警察への言い訳考えねぇと。」



 ひったくり犯達は周囲の通報から呆気なく逮捕されていった。

 まあ、カバンを奪うのは衆人環境だったし、仕方ないか。



 俺はスーパーで待っていた織田の元へ戻った。


「ほら、カバンだぞ。」


「うわぁ…………!!今のも魔法?

 本当にすごいね、君……!

 まるで漫画のヒーローみたいだ……!」



 どうやら俺が華麗に荷物を取り返すのを見ていたらしい。

 キラキラと目を輝かせて賞賛している。

 …………本当に、子供みたいだ。



 そうして俺は織田の案内の元、彼の家にお邪魔する事になった。



 〜続く〜

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