第6話 希望から絶望へ

「…来たか。」


 配置完了からしばらく経ち、レーダーにこちらに向かってくる敵影の姿が映った。銃のセーフティを外し、迎撃体制をとる。


「我々の働きに人類の存亡がかかっている。心してかかれ。」

 回線で中隊に喝をいれる。返事は短く「了解」とだけ返ってきた。


 距離が数百メートルまで迫った時、一斉に銃火器が発砲された。土煙で何も見えなくなり、周囲は鈍い金属音で包まれた。だが、闇雲に撃っていても急所に当たることはない。やはり接近戦が一番有効だ。シナミは素早くスイッチを入れ替え、中遠距離モードから近接モードへと銃を切り替える。


「中隊各員、私が先行する。援護射撃を行え。」


 機体を前傾姿勢にさせ、勢いよく地面を蹴る。一気に前へ出てアグレッサーに正面から向かった。弾を煙幕へと変更し、相手の頭に向けて撃つ。視覚を奪われたアグレッサーはその場で立ち止まり、他器官を使って視覚を補おうとする。その一瞬でスラスター全開で接近し、相手の後ろへと回り込むシナミの駆るアドバンサーの姿があった。アグレッサーの首を掴み、ポールダンサーの様な軽い動きで首を折り、そのまま押し倒す


「…ごめん。」

 胸に数発、弾を静かに撃ち込んだ。


「…ッ。」

 倒したアグレッサーを見て複雑な気持ちになるシナミ。残りの個体は気を利かせてくれた隊員が掃討してくれた。


 第一波を乗り切り、隊は一時的に勝利に酔いしれる。しかし、シナミはその間も複雑な心境でいた。

「私はダメだな。奴らを以前の様に敵と割り切れていない。」


 その時、数機の航空機が戻ってきた。隊員はアドバンサーに乗りながら必死に手を振る。航空機部隊もこれに気づいたのかチカチカと光で合図をする。


 しかし次の瞬間、爆撃機は謎の光によって一瞬で火だるまとなり、戦闘機も眩い光を発して仲良く堕ちていった。


 あまりに唐突な出来事に、誰もが言葉を失う。数秒脳がシャットダウンした後、突如流れたオペレーターの声で再起動した。


「首都防衛隊へ緊急通達!敵の遠距離攻撃により、東北方面の航空機部隊は壊滅。これから敵による大規模侵攻が予想されます。万全の準備を行い、接敵に備え…。」


 プツリと通信が途切れた。足音がかすかに回線を通して聞こえる。シナミが回線で作戦指揮室へと指揮を仰ごうとした瞬間、初老の男性の声が機体内部を反響して響き渡った。



「古きものは新しきものへの進化の生贄。醜く抵抗するべからず。新しきものへと引導を渡し、我らは滅ぶべし。さすればより高位な存在へと成る。」



 聞こえてきた言葉に戦慄を覚える全隊員。これは、サルバシオン教の教義だ。あっけに取られていると、居住区の方から凄まじい爆発音が空間を切り裂いた。一発のみで終わらず、何度も音が内蔵を揺らす。

 地面を荒らし、建物は倒壊し、音がするたびに大きな煙が一つ二つと天へと昇ってゆく。


 シナミ達A中隊は首都方面から離れていたことと、アドバンサーの強固な装甲のおかげでなんとか生き延びることができた。


 しばらく経ち爆発音が消え、隊員たちが正気に戻り始めた。しかし、そこには目を覆いたくなる現実があった。


 各地でキノコ雲が上がり、かつての面影を残すことなく、歪な地平線を見ることができるようになっていた。特に政府官僚の住んでいた高級シェルターは念入りに潰され、ただの洞穴となっていた。軍施設は全て破壊され、燃えるものがなくなっても、煌々と火柱が立っていた。隊は絶望感に浸る。


「BからZ中隊及び地上戦力、航空戦力の何処にも連絡繋がりません…。」

 必死に別の隊へ連絡を取ったが、結果はただこちらからの一方通行で終わった。通信設備もやられたのか、或いは自分たち以外は全滅してしまったのか。


 誰かが言った。

「あのデカブツのクソ野郎が裏切りがたんだ!」

 周囲に暗い雰囲気が充満し、懐疑的な意見を持つ者が多くなっていった。ざわざわと意見が口から溢れる小隊各員。全員がその空気に飲まれまそうにる。


「…黙れ。」


 シナミが口を開く。静かながら重みのある声で隊の空気を凍りつかせた。若い女性とは思えない程貫禄のある声でこう言った。


「何か疑う前に今の状況を理解しろ。これ以上の悪化を防ぐための最善策を考えろ。死ぬ前に、死なないために頭を使え。生きているうちに。」


 少しの沈黙の後、パチパチと計器を動かす音のみが聞こえ始めた。付け焼き刃だが、アグレッサーの行動パターンを、備え付けの心許ないコンピュータで予測する。


 その時、

「隊長!民間のシェルターは無事です。生きてます!」

 必死に通信をし続けていた兵士が喜びの声を上げた。隊員は小さく「おぉ」と同調し、少し活気が戻った。守るものがある時、兵士は一段と強くなる。


 しかし、疑問も生まれた。何故、民間のみ無傷で残したのか。一斉に壊すこともできたはず。

 シナミはある会話を思い出す。しばらく前にシェルターの警備兵とした他愛もない世間話だ。それを思い出して戦慄が走る。


「…まずい。」


 サルバシオンの連中は民間人であろうと容赦なく人を殺すテロリスト。シェルターを作ったのもアグレッサーとサルバシオンから民間人を保護するためだ。だが、軍部が攻撃され、シェルターを守るものがいなくなった時、奴らは。


「緊急呼集!今、サルバシオンの連中がシェルターの民間人を狙っている可能性がある。此処はもう守っても意味がない。シェルターの防衛任務に当たれ!」


 状況を飲み込みきれていない隊員達は、なかなか行動に移せないでいた。皆が一様に疑問を浮かべる。


「お前達はがここでアホ面むけて突っ立ってる時も、人が人に殺されているんだ!恐怖に怯えているんだ!家族との再開が冷たい人形になった後じゃ遅いんだ。全てを失いたくなければ、今ここで全てを賭けろ!」


 回線にシナミの怒号が響く。兵士達はぜんまいを巻かれた玩具の様にキビキビと動き始めた。今の状況を理解し、顔が青白くなる。

 数分が経過し、用意が完了したA中隊は行動を開始する。作戦開始時、明るかった兵士の顔は悲しみ、焦り、恐怖、後悔。様々な感情に押しつぶされ、原型をとどめていなかった。

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