第5話 アグレッサー

『今ならまだ可能性はある。救いのある未来へ!』


 音速で東北方面へと飛び続けるアヴニール。彼はある一点だけを目指して飛ぶ。


 朝日が本格的に登り始めた頃、ようやく目的地へとたどり着いた。両足で綺麗に着地したが、地面は抉れ、近くにあったビル数棟が崩れ落ちた。


 そこには大量のアグレッサーがいた。アグレッサー達の注目を一心に集めるアヴニール。そこは商店街の様になっており、多くのアグレッサーが物と対価で商売をしていた。子供は自動車をミニカーの様に遊び、大人は電柱の串に刺された謎の肉を美味しそうに頬張る。


 アヴニールは初めての場所であるにもかかわらず、迷う事なくある一点だけを目指して歩く。道を塞ぐ者をかき分け、不思議そうに話しかけてくる奴は無視した。


 一瞬、アヴニールの目の前に長身で灰色のアグレッサーが現れた。質素な布を身にまとい、皆に親しげに接している。


 アヴニールは全力で叫んだ。


『カムビ‼』


 その場が静まり返る。空気が凍る。民衆は何かに怯える様にアヴニールを冷たく睨む。

 カムビと呼ばれたアグレッサーはちらりとアヴニールを見た。


『…話がある。』


 アヴニールの態度に対して何事もなかった様に近くにあった店で肉の串焼きを2本買った。すたすたとアヴニールに近づき、1本串焼きを差し出した。


『久しぶりだね、アヴニール。しばらくの間、食事を取れていなかったんじゃないか?まずはこれをどうぞ…。』


 差し出された手をアヴニールは振り払う。串焼きは空中で数回回転した後、地面と密着した。


『何故まだこんなものを食べている!』


 その時、アヴニールは後ろから体を押さえつけられ、地面に強制的に跪かされる。民衆の一人の男がカムビに対して無礼な態度を取るアヴニールに痺れを切らしたのだ。アヴニールはその間も無駄な抵抗はせず、ただ時が来るのを待つ。


『君の好物だったから買ったのに…。好きだっただろ?ニンゲンの肉。』


 そう言うとカムビ地面から串を離し、手で塵を払い、口へ運んだ。


『王よ、おやめください!』


 誰かが叫ぶ。


『やめる?君は親から食べ物は大事にしなさいと教えられなかったのかな?』


 次の瞬間、叫んだ者は全身から湯気を発して、血を吹き倒れた。周囲からどよめきが起こる。


『あと、そこの君。彼は“六神”の一人なんだ。離してやってくれないか。』


 民衆のどよめきが強まる。アヴニールを押さえつけていた男は飛び上がり、額から血を流す程強く地面に頭を垂れる。


『すみませんすみませんすみませんすみません…。』


 異様に何かに怯えるように、男は地面から額を外さなかった。


『だってさ。で、君は彼を許す?許さない?』

『俺はこんな下らないことにいちいち反応する程、心は狭くない。』

『そっか。』


 男は一瞬、安堵の笑みを溢す。その時、横から抉る様な視線を感じた。体があらぬ方向に曲がったカムビが血走った目で男を見つめる。


『君、今笑ったよね?彼に許してもらえたから?違う。私に殺されないで済むと思ったからだ。彼への謝罪など1ミリも無い。自分の保身しか考えていないんだろ。』

『ちが…。』


 男は弁解の余地すら与えられることなく、体が破裂して辺りに肉片として飛び散る。民衆は悲鳴をあげ、全速力で逃げていき、辺りはもぬけの殻となった。


『ここは“脳有り”の集落だから少しは知識があると思っていたが、ハズレだったな。少し減らそ…。』

 次の瞬間、カムビの頬を拳が掠る。ぱっくりと皮膚が破け、血が垂れる。カムビは垂れた血を手で取り、舐め上げた。


『勿体ない。』

 その姿を見てアヴニールは言葉を失う。理由は血を舐めた奇行ではない。


『お前、何故避けれた。それにあの男は死ぬはずじゃなかった!どうやって俺の未来を変えた!』

『どうやって?君が一番僕の能力を知っているだろう。未来神。』

『その名で呼ぶな!』


 もう一度殴りかかろうとした時、何かに上から押さえつけられた。さっきの男とは比べ物にならない程の力だ。


『やぁ、よく来てくれた。重力神に閃光神。後の三人は欠席か。まぁ、急に呼び出したのはこっちだし仕方ないか。』


 跪く二体のアグレッサー。何処か不気味な雰囲気を醸し出し、他を寄せ付けないオーラを放つ。


 その時、空を切り裂く様な音が響いた。防衛軍の航空機部隊が、作戦位置へと移動していく様子だった。

『来ちゃったか。閃光神、やってくれるかい。「駒」の拠点には当てない様にお願いね。』

『了』


 閃光神は耳の破れる様な波長の音を鳴らし、四つん這いになる。背中から無数の光が飛び出し、航空機を追尾する。


『君の見た未来は人類と私達が共存出来る未来もあったんだよね。』


 そう問いかけると、アヴニールの頭をそっと撫でた。


『もう一度、未来を見てみな。』


 その瞬間、アヴニールの顔は一気に生気を失う。真っ青に染まり、冷や汗が止まらない。


『やめろ…。』

『最高神カムビの名の下に命ずる。』


 アヴニールは無駄と分かりながらも必死にもがくが、割れそうな程頭を押し付けられ、最期の抵抗に悲痛な叫びを上げた。


『やめろォォォォォォ‼︎‼︎‼︎』

『さぁ、彼らの時代を終わらせよう。』


 両手を広げ、宣誓するカムビ。光に追いつかれた航空機は空中で火柱を立て、太陽の光に包まれながら落ちていった。

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