第7話 壊されたたからもの
シナミは3機のアドバンサーと共にシェルターの前で立っていた。各々の身内のいるシェルターへ配備したはずだが、その命令を跳ね除けてシナミに数人ついてきた。隊長として信頼されているのは少し嬉しい。
だが、入り口にこびりついている赤い痕跡を見て最悪の予想が当たる。
「アドバンサーのままでは中に入れない。此処からは降りて向かうぞ。」
コックピット内にある武器を取り出し、ヘルメットを被り、中へ向かう。1人に入り口の警備をアドバンサーで任せ、血生臭いシェルター内へと足を運ぶ。
足音が鬱陶しい程鮮明に鼓膜を刺激する。吐き出す息が揺れ、シナミ達の心情を表す。鉄の匂いが強まり、体が拒否反応を示し始めた頃、初めて死体を発見した。
蜂の巣の様になった死体は、穴から木が樹液を垂れ流す様に血を流していた。
下唇を噛みながら仏となった者に手を合わせ、先へ進もうとした時、背後から銃声が響き隊員の脳天を撃ち抜いた。
銃声の響いた方向には、血塗れの白装束に身を包んだ子供が立っていた。歳の頃は10歳といったところか。そんな子供が躊躇いなく人を撃った。
撃たれた隊員が絶命し終わる前に子どもがもう一度銃を構える。シナミは近場にあった小物を投げつけ、怯んだ隙に子供に急接近し銃を蹴り上げた。子供は懐にしまってあった短剣で反撃を試みたが手で払われ、手刀を首に受けて気絶してしまった。
「やっぱり、軍で使っていた旧式の銃だ。」
子供から取り上げた銃を見て、シナミはあることに気づく。
サルバシオンに対しての軍の武器の横流しは極刑に処される程の重罪だ。つまり、武器を横流ししたことを揉み消せる程の高い位に位置している人間がこれを行なった。それがもし、このリナーシタ作戦を計画でき、サルバシオン教に属し、核を渡せる程の人物だとしたら…、
全ての辻褄が合ってしまう。
シナミは死んだ隊員の目をそっと閉じさせると、急いで奥へと進んだ。
最悪の事態ではないことを祈って。
シェルターの奥広間にたどり着き、そこで見たのは血で覆い尽くされた世界だった。多くの人が肩を寄せ合って生活していた場は、その痕跡を全て赤色で塗りつぶされている。
ぐったりと眠っている人の体には何処かしら穴が空いていた。動いている者はシナミだけだった。
生存者がいないか少し辺りを探索していると、自然と家族の部屋の前へ来た。覚悟を決め戸を開ける。中を見ると、荒れた部屋の中に中年女性が初老の男性の写真を庇いながら倒れていた。
駆け足で駆け寄る。しかし、体を揺すっても、何度呼びかけても反応は一切なかった。
叫び散らし、泣き喚きたい気持ちを必死に抑え、亡骸を抱きしめる。感情の整理をつけ、家具を元の位置に戻し、「2人」に手を合わせその場を後にした。
目頭がじんと熱くなり、少し目の前が霞んだ。
その時、白装束の人間5人が1人の少年を取り囲む様に立っているのが見えた。シナミは身を隠し、相手の出かたを伺い、目を凝らす。一瞬、5人が囲っている少年が見えた。
その少年の腕は「義手」だった。
鼓動が胸を締め付ける。呼吸も早くなり、意識が朦朧とする。
「私の家族」を2度も奪おうとしているクソ野郎達が目の前にいる。
「貴様らァァァァァアアア!」
我を忘れ、無謀にも敵へと突っ込んだ。相手の反応が一瞬遅れた瞬間に、2人に弾を打ち込む。1人は首に、もう1人は胸の中心に弾が当たった。しかし、そのお返しに脇腹に一発弾を食らってしまった。遮蔽物に身を隠し、体制を立て直そうとする。穴を必死に手で押さえるが、血が止まる気配はない。
コツコツと近づいてくる足音。シナミは最後の覚悟を決める。腰のアーマーに付いている小型閃光弾を投げつけ、相手の視力を奪うと、2人の脳天に3発ずつ撃ち、1人は押し倒し、四肢に一発ずつ撃ち、動けなくしてから頭に銃口を押さえつけた。
「これをやったのは、貴様ら5人とあの子供か?」
「…そうだよ。俺たちは救いの道を開いてやったんだ。現世という箱庭に囚われた無知で哀れな奴等を未来に導いてやったんだ。感謝しろ!」
吐き気が止まらなかった。こんなに人を殺したいと思ったのは初めてだった。しかし、必死に殺意を抑える。
「なぜ民間のシェルターを生かした。核で一掃することも出来たはずだ。」
「バカが、あの方達に納めるためだよ。だが政府や軍の腐った連中を食わせる訳にもいかないから分別した。俺たちのお陰で人類は『ゲシヒテ』に行ける。「駒」としての至極の喜びだ。だからお前も死ねクソ女。」
こんな奴らに私の家族は殺された。
様々な負の感情が混じり合い、拳銃を強く口に押し込む。相手が必死に抵抗し、えずいても止めることはなかった。そして一度銃を口から離す。相手が一度安心した顔を見せた瞬間こう告げた。
「勝手にやってろ、ゴミクズ野郎。」
一瞬引きつった顔面に原型がなくなるほど弾を打ち込んだ。何度も何度も何度も何度も何度も。弾倉が空になり、銃をその場に捨てる。
その時、シナミは膝から崩れ落ちた。体力の限界が近い。血が止まらずに目眩もしてきた。
少ない力を込めて立ち上がり、義手の少年の方へ歩み寄る。
「サト…。」
まじまじと見るとひどい怪我を負っていた。頭は打撲跡だらけで血を流し、足には切り傷があり、義手は大部分が破壊されていた。
しばらく体の怪我をチェックをしていると、瞼が少し動きゆっくりと目を開いた。
「ッツ…。」
「サト?…サト、サト!」
必死に体を手繰り寄せて抱きつく。鼓動の音が聞こえる。
今度は滝の様に涙が生産された。天を仰ぎ、溢れないようにしたが涙腺のダムは決壊し、涙が溢れ出す。
「うわぁぁぁぁぁん!」
「…姉貴?」
目覚めたことが嬉しかった。呼んでくれたことが嬉しかった。生きていたことが嬉しかった。
サトは微かな声で呟く。
「…何も出来なかった。必死に抵抗したけど誰も助けられなかった。無力だった。」
「そんなことない。サトは他の誰よりも立派だよ。」
サトは頷き少し笑うとガクッと首を落とした。サトも体力は限界を優に越していた。必死に介抱しようとするシナミに一言だけ発した。
「…外に行きたい。」
そう言うと意識が途切れ、パタリと動かなくなってしまった。シナミはかろうじて残っている義手を肩にかけ、来た道を辿って行った。腹の傷が痛みながらもゆっくり歩き出す。
「行こう、一緒に。」
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