第3話 家族の絆と無謀な人類
「少し外に出てくるよ。代わりの見張りが来るから待っていてくれ。」
「軍本部の所ヘデスか?ソレとも脱走?」
アヴニールはシナミに対して少し意地悪な質問をした。
「違うよ。あと、脱走が出来るならとっくにしてるさ。それが出来なかったから今現在、軍の中ではそれなりの立場に落ち着いている。」
そう言うとシナミは少し物悲しそうな顔をする。そして、年季の入った携帯端末を取り出しある写真をアヴニールに見せた。
アヴニールが写真を覗き見ると、そこには笑顔のシナミと一人の少年が肩を寄せ合っていた。
「弟に会ってくる。シェルター警備の名目でな。」
「私情での軍関係者ノ外出は禁止サレていますガ?」
「だ・か・ら、シェルター警備の名目で出て行くの!黙っててくれよ。もう始末書を書くのは懲り懲りだ。」
アヴニールは納得したような顔をする。しかし、内心はよくわかっていない。とにかく、今は黙るが吉だと察した。
ちらっとシナミに横目をやると、端末を見ながら今まで見たことの無いような柔らかい笑みを浮かべていた。
(あぁ、なんと美しい…。)
シナミを見てアヴニールは『愛情』に触れた気がした。しかし、自分の姿を見てこうも思う。
(比べてこの身はなんと、醜いことだろうか…。)
「じゃあな、アヴニール。」
シナミが出る直前、アヴニールは小さく手を振る。人間を観察して最近覚えた新しいコミュニケーションだ。
少し車を走らせ、自らが生まれ育ったシェルターに着く。しかし、門の前の警備兵に違和感を感じる。
「以前より人数が多くなったか?」
「はい、最近サルバシオンの連中が各地のシェルター付近で怪しい動きをしていると情報が入ったので。」
「また『さすればより高位な存在へと成る』って?」
「えぇ、こんな寒い中駆り出されるこっちの気持ちにもなって欲しいですよ。」
「それは大変だな。寒い中ご苦労。」
IDカードを見せ、警備兵が中へと通す。エレベーターを操作し、地下30メートルの居住ブロックへと足を運ぶ。大きな鋼鉄の扉が轟音をたて開いた。
シェルターの住民は久しぶりに開いた扉を不思議そうに見つめる。怯える者もいたが、入ってきたのがシナミとわかった途端笑顔を浮かべ近寄ってきた。
「シナミ」「花冷さん」「シナミちゃん」「少佐」
様々な人が様々な呼び方でシナミを呼ぶ。若者、老人、子供、そのほかにもたくさん。
「みんな元気にしてた?」
そう問いかけるとみんな優しくひきつった笑顔で、「元気」ではなく「大丈夫」と答えた。
シナミにはその気遣いが余計苦しく感じた。私たち軍人が無能であるばかりにこれほど苦しい生活を送らせてしまっている。
胸をぎゅっと握りしめ、必ずここの人達をこの冷たい鉄の箱から開放してみせると誓った。
そう決意し、気持ちを整えると近くにいた中年の女性に目が入った。
「母さん……。」
「どう、軍ではうまくやっていけてる?ちゃんと休んでる?」
「大丈夫だよ、母さん。心配しすぎ。」
何気ない会話をしながら奥にあるシナミの母が住む個室へと向かう。横から見る母は本当に幸せそうだった。
部屋に着き、扉を開ける。
「ほら、お父さん。サト。シナミが帰ってきたよ。」
そこには初老の男性の写真と両手が義手で頬に傷のある少年がいた。
「……。」
「ほら、久しぶりの再会なんだからなんか言いなさい。」
「大丈夫だよ、母さん。」
部屋にギスギスした空気が流れる。サトと呼ばれる少年はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
シナミはその姿を深追いはせず、写真の前に正座をし、手を合わせる。
「ただいま、父さん。」
深く礼をしてりんを鳴らし、官給品のキャンディーを置いた。
「お父さん、甘いもの好きだったもんねぇ。」
「うん、見かけによらず。あんなに強面なのにね。」
しばらく母と近況報告をし、一通り会話をした後、もう一人の家族を呼び戻すことにした。
「私、サトを探してくる。会って話をしてくる。」
少し心配する母の姿。それを押し切りすぐに支度し部屋を出る。
何時間探し回っただろうか。サトはシェルターの扉の前で座っていた。羨ましそうに無機質な鋼鉄の扉を見つめている。
「いいよな、姉貴は。自由に外の世界に行けて。」
サトが口を開いた。
「シェルターでの事故がなければ、腕がこんなのにならなければ俺は徴兵されて外の世界に行けた。なぁ、姉貴。俺は一生こんな地下の鉄の箱で過ごさなきゃいけないのか?」
まともに動かない義手を見せ、彼は答えを問う。義手はギシギシと鳴るだけだった。
「サト…。」
「仲の良かった奴が一人二人と徴兵され、数年後にはただの紙切れとなって帰ってきて、そいつの親を悲しませる。あの時もし俺がいれば、助けられたかもしれない。今も笑っていたのかもしれない。そんなことを考えるんだ。」
サトは今まで語ったことのなかった心境を吐き出すように語る。目には光が灯っていなかった。
「シェルターの一般業務もできない。兵士として戦うこともできない。俺は何の役にも立たないクズ野郎だ。こんなんじゃあ、死んだ方がマシ…。」
サトが話し終わる前に、シナミは間髪いれずサトを強制的に立たせ、胸ぐらをつかむ。肺いっぱいに空気を吸い、吐き出すように言う。
「そんなわけあるか馬鹿野郎‼︎」
今まで出したことがないほどの大声でサトを叱った。サトの方もシナミに怒鳴られるのは初めてで少し動揺している。
軍で使うような強い口調でサトに語る。
「何も成し遂げていない奴が喚くな。死にたいと思うのは自由だが、挑戦のための一歩すら踏み出していない奴が言っていい言葉じゃない。体が不自由だからといって逃げるのは弱者のやることだ。」
驚きで口が強張っているサトに続けて言う。
「お前だけがつらいと考えるな。私だってつらいことはたくさんあった。目の前で親友がゴミのように潰されたり、命の危機に関わるような大怪我をしたこともある。でも今ここに、お前の前に立っている。」
「そんな偉そうな口をたたいて、姉貴に何がわかる!!」
一方的に攻められていたサトが声を荒げる。
「私にはおまえの心を知るすべはない。逆もしかりだ。だが、相手を思いやることはできる。相手の気持ちをくみ取り、理解しようとするんだ。そして、相手に寄り添おうとする。」
サトの顔が少し緩む。シナミは優しい口調で言った。
「…辛かったんだな。」
サトは表情筋がくしゃくしゃになりうつむく。目からは大粒の涙がポロポロとしたたり落ち、その場に崩れ落ちた。シナミは腰を下ろし、ピタリと肩をつけ、サトの頭を撫で、優しく手繰り寄せた。
その日、義手の少年は自分の立たされている苦境など忘れ、姉の胸で母親に甘える子供の様に声を上げて泣いた。
しばらく時間が過ぎ、二人は子供の頃に帰ったように話を弾ませた。
互いの近況、シェルター内での出来事、上層部への愚痴などの他愛もない話が続いた。弟と素で話し合ったのはいつぶりだろうか。涙はすっかり乾き、二人のそばからは笑い声が響く。
二人とも喋り続け、笑い疲れた頃、サトがおもむろに。
「一度でいいから、外の世界を見てみたいな。アグレッサーがいようとも、生涯ずっとこのシェルターだけで過ごすなんてイヤだ。」
と言った。サトはシェルター産まれのシェルター育ち。シナミと違い、怪我のため一度も外に出たことがないのだ。
「外ね…。外に出たら、何がしたい?」
シナミは少し複雑な気持ちになりながらも質問する。
「太陽が見たい。雲が見たい。海も見たい。動物も触ってみたいし、思いっきり大声を出してみたい。」
その後も、サトは欲望を吐き出し続けた。その目には光が灯っていた。そして、サトは最後の欲望を吐き出す。
「あと、桜っていう花が見たい。」
「桜?」
シナミにとって、思いもしない回答だった。何故急に、それが率直な感想だった。
「俺と姉貴の名前の元になったっていう花だよ。忘れたのか。」
「あぁ、あったね。そんな話。」
いつか母が話した話だった。私たち兄弟の名前は桜という花が由来であり、その花のように美しく、気高く育ってほしくてつけたという。
だが、今の外の季節は冬。桜などが咲いているはずもない。だが、季節などの概念がないシェルターではそんなこと知るよしもない。
「そうか、桜か。もうじき満開になるかな。」
「本当か!」
「あと少しでこの戦いにもケリがつく。全部終わったら外に出て家族で見に行こう」
嘘をつき、子供のように目を輝かせている弟に偽りの希望を見せた。そんな自分が許せない。けれど、希望がなければこの子は生きていけない。
「じゃあ、もう行くよ。母さんに体に気をつけてって言っておいて。」
後ろめたさを残しながら、シナミはシェルターの扉を開ける。後ろを振り向くとサトが手を振っていた。小さく手を振り返すと、もう後ろは見なかった。
轟音が響き扉が閉まる。コートを羽織り、そのまま前へ、前へと進み、迎えに来ていた車に乗り込む。
「出してくれ。」
ドライバーは無言で車を発車させ、基地へと帰路につく。シートに着くと隣に鍵のかかったアタッシュケースがあった。
「上層部からの土産です。」
シナミは小さな声で「そうか」と答え、それ以上会話が弾むことはなかった。
基地につき、豪勢な幹部専用のシェルターの前で止まる車。
「こちらの鍵をお使いください。ご健闘を。」
すっとアタッシュケースの鍵を渡したドライバーにシナミは軽くお辞儀をし、エントランスにいる者など目にくれず自室に入った。
コートを脱ぎ、椅子に座り鍵を開けると、中にはケースの大きさには似合わないUSBメモリが入っていた。
それをパソコンに差し込み、映し出されたデータを読み、ドライバーの言っていた土産の意味を理解する。ただし、シナミにとって最悪な土産だった。
「リナーシタ作戦の遂行日時ね。」
シナミは情報を確認すると、USBメモリを抜いた。すると、モニターに映し出されていた情報は跡形もなく消える。
「…無謀すぎる。」
そう呟くと、ガラス張りのシャワールームへと重い足を運ぶ。目を閉じて、シャワーから飛び出る水滴一つ一つに神経を集中させた。
「成功確率は1%以下、何が最後の総力戦だ能無し参謀供が。私達はお前らのチェスの駒じゃないんだよ!」
ドンと全力で壁を殴り、衝撃でシャワーヘッドがホルダーから落ちた。荒ぶる水を見て何故か異常に虚しくなる。
「私達は、分かり合えるのに…。何で相手を滅ぼすか自らが滅ぶかの二択なのよ…。」
シナミはその夜、声を押し殺して静かに泣いた。
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