第2話 人類の最後の歴史

 西暦3124年12月。人類は滅亡の危機に瀕していた。


 突如現れた「アグレッサー」と呼ばれる謎の敵対勢力がアメリカに出現。かの軍事大国の決死の戦いぶりや、他国からの惜しみない援助も虚しく、約15年ほどで地図から名前を消した。その後、アメリカに抑えられていたアグレッサーが解放され、南米やヨーロッパに進出。アメリカへの援助で疲弊した近辺の国々には自国を守れるほどの余力は無く、ひ弱な防衛線は簡単に突破され同じ道を辿った。


 広大なユーラシア、アフリカ大陸での戦いはこの世の地獄だった。軍事力の低い小国は半月も経たずに壊滅する国もあり、崩壊した大国・小国の難民も激増。難民を抱え込む余裕などない国は難民を締め出し、容赦なく撃ち殺した。また、人口密集地へと吸い込まれるようにアグレッサーは難民の集団へと襲いかかった。


 通常兵器での討伐も弱点が分かるまでにかなりの損害を出した。気が動転した人類は禁忌の炎、核弾頭を使用。一定成果を上げるもその地の生態系の破壊や、地球環境の悪化は避けられなかった。中には難民を囮とし、引き寄せたアグレッサーを難民諸共核で攻撃するという非情な選択をされたこともある。


 世界中が侵略される中、一定ラインの経済水準を守っていた国があった。日本である。


 島国という好立地であり、中国や韓国といった巨大な盾に守られ、直接的な被害は一切なく、危惧されていた食料問題も品種改良によって生まれたスーパーフード数種に食糧生産を全振りし、なんとか人口1億人弱を維持していた。


 この時、遅すぎる秀逸兵器として、人型戦略機動兵器『アドバンサー』が開発された。人型を生かし、様々な状況に対応できるアドバンサーは確かにアグレッサー討伐には一番有効な方法だった。しかし、開発国は自国の利権が失われることを恐れ、技術を出し惜しみ、水面下で各国が熾烈な情報戦を繰り広げた。


 そして、アメリカ壊滅から34年後、中華人民解放軍最終絶対防衛ラインが崩壊し、上海、北京などは一ヶ月で壊滅。勢いは止まらず北朝鮮、韓国も続いて襲われ、残す地球上の国家は日本のみとなった。


 皮肉にも日本はアメリカ以外の支援活動には積極的に参加していなかったため、国力は一定水準保たれていた。だが、攻められるのも時間の問題だった。


 大陸から一番近く、兵器製造の中心の九州が攻め落とされ、その三ヶ月後に食糧生産の要である北海道が攻め落とされた。十分な軍事力を配備し、日本の生命線と言える場が続いて壊滅したことにより保たれていた経済は破綻。各地で飢饉や暴動が起こった。


 人々の救済を求める心は新たな宗教を作り出し、それはいつからか無能な政府へ牙を剥き、死こそが救済であり、浄化であるという考えの過激派宗教団体「サルバシオン教」を作り出し、各地でテロ活動を行った。


また、強力な力を持つアグレッサーの出現により、人類は更に追い詰められる。


 各都市がアグレッサーに攻め落とされる中、最後まで人類は分かり合えなかった。



「と、いうのが我々愚かな人類の最後の歴史さ。」


 そう話すシナミの前にはアヴニールが興味深そうに顔を近づけ考え込んでいる。


 あの後シナミたちの所属する日本防衛軍の軍施設へと連行。アヴニールの所在をどうするかの判断が行われ、十分なコミュニケーションが取れることと人類側に有益な情報を多数持っていること、そして生体兵器として非常に優秀であるという点を考慮し二十四時間体制で観察することを条件に運用の許可が降りた。


「古い文献デ読んダことハありましタが、我々ノ出現によっテそんなにひドイことになってイたとは…。」

「そんな大きな体で人間の本を読んだのか?見かけによらず器用なんだな、お前。」


 申し訳なさそうな顔をするアヴニールをみて、フォローする様にシナミが口を開く。


「確かにこんな争いが起こってしまったのは、君たちが出現したことが原因かもしれない。ただ、人類側もいくらでもやりようはあったハズだった。世界が手を取り合うことも。だが、つまらないプライドでそれを受け入れず、他民族を排斥することで結束力が高まるといった誤った方法をとってしまった。」


 少しの沈黙の後、もう一度シナミは喋り出す。

「もちろん、君達との共存という道もあった。今の君と私の関係のようにな。コミュニティは小さいもののこうして分かり合えている。だけど両者ともわかり合う努力をしようとしなかった。怖かったんだな。」

「怖イ?」

「そう、怖かったんだ。私だって初めて君にあった時、私たちを救ってくれたにもかかわらず銃口を向けた。アグレッサーは敵という認識がついていたんだ。だけど君は私たちに敵意を一切向けなかった。分かり合おうと手を差し伸ばしてくれたんだ。」

「ン……。」


 少し照れ臭そうにアヴニールが頭を掻く。

「君は人間とアグレッサーの二種属を繋ぐ掛橋になる存在だ。こんな終わりかけた世界の唯一の希望なんだ。」


 アヴニールの顔は体の血が全て頭に上ったかのように赤くなっていた。


「私モ、そンナ未来ヲ想い描キタイ。でモ…。」

「でも?」

「イヤ、何でもあリまセん。」


 アヴニールの目は何処か遠くを見つめ、光が灯っていなかった。顔の血は引き、いつもの冷たい白色にもどっている。


 シナミはそんな姿に疑問を浮かべながらも、深く考えることはしなかった。


 しかし、アヴニールには“全て”が見えていた。

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