未来のサクラ

外都 セキ

第1話 瀬戸際の出会い

「クソッタレ…」


 ぽろりとこぼれたその言葉。それは今、花冷シナミ陸軍少佐を取り巻く状況の全てを表していた。以前は光が溢れ人々を育んだ街は戦場となり、粉雪のかかった死体の山が築かれていた。


 街の周囲は完全に『アグレッサー』に包囲され、立ち向かおうとすれば土手っ腹に風穴を開けられる。だが、どれだけ傷ついてもこの防衛戦は退けない。なぜなら、この街を始めとする防衛戦の内側には数少ない生き残りがシェルターの中でアグレッサーの足音に怯えながら慎ましく生活しているからだ。


「我々に撤退の二文字はない。なんとしてでもこの防衛戦を死守せよ。」


 そうは言ったものの、この戦いの結果は言わずもがなだった。兵士は戦闘開始から三分の一に減り、強力な武器は殆ど破壊されてしまった。まるでそれを狙っているかのように。


 残ったのはアドバンサー9機、旧式の戦車数両、歩兵が30人弱という絶望的な状態だった。


 幾つもの死線をくぐり抜けてきたシナミも、流石にこの状況はお手上げだった。先刻上層部に援軍要請はしたが、兼ねてより人員、兵器、物資が乏しい軍から十分な援軍が派遣されるのは、宝くじ一等が当たる確率より低いだろう。


 コックピットのモニター越しに見えるのは地獄。最後の覚悟を決め銃を持つシナミ。思いつく方法は一つしかなかった。広域回線を開きただ一言、こう告げる。


「総員、突撃準備...」


 口からこぼれるかすれた白い息。いずれ消える儚い命、ならば最期は派手にぶっ放して民間人を守るために使おう。そう思ったのだった。だが、ただ疲れていただけなのかもしれない。もうこんな戦いどうでもいい。精神と肉体を擦り減らす戦いから逃げたい。そう思っただけなのかもしれない。


 無線では、殆どの兵士が動揺して取り乱していた。「ふざけるな!」「俺たちは捨て駒じゃないんだぞ!」「鬼め!」さまざまな怒号が聞こえる。その中には、シナミに向けての罵詈雑言もあった。


 だが、悲しいかな。軍人の性のせいか半数以上の兵士が銃を持ち命令を待った。一部の銃を持たなかった兵士達はその場で泣き崩れた。最悪な人生だったと叫びその場で銃口を咥え、引き金を引く。もうみんな疲れていたのだろう。


 戦場で笑顔がなくなれば終わりというが、兵士達は泣いて笑っていた。なんの感情か分からないが泣いてしまうのだ。死への恐怖か、家族との別れの悲しさか、自らの義務を全うせずにこの世を去る罪悪感か。感情の洪水が涙となって溢れ出す。


 一人二人と立ち上がり泣き顔で突撃体制をとる。心の中でこの世に別れを告げ腰に力を入れた。

 シナミも覚悟を決め、最後の命令を出した。


「突げ…。」


 その瞬間だった。目の前のアグレッサーが鈍い音を立てて赤い鮮血を流し倒れた。その間は1秒にも満たない時間だった。周りのアグレッサーも防御する間を与えられることなく最初の一体と同じ運命を辿る。かろうじて反撃を試みる個体もいたが努力虚しく攻撃の直前、あとコンマ1秒でもタイミングがズレていたら当たったであろう攻撃をかわされ絶命した。全ての個体がまるで苦しませないように急所の胸を一撃で貫かれていた。


 シナミ達は、赤い雨が降り注ぐ中でただ呆然と立ち尽くしていた。目の前ではあれほど脅威であったアグレッサーがただの雑魚のようにばったばったと倒れされている。失った仲間の命がなんだか軽いものに感じた。


 曇り空が開け、一筋の温かな光が英雄を照らし出した。その姿は一般的なアグレッサーと同じくらいの身長だがどこか特別感を醸し出す形の体だった。純白と言っても差し支えない程の美しい白。そしてその白いキャンパスに赤色の絵の具をベタ塗りしたような血塗れの姿だった。

 

 英雄と言うよりは悪魔を最初に連想させるその姿。我々は無礼にも彼に銃を向けた。命の恩人である彼だが、生物である以上防衛本能が働いてしまう。しかし、誰一人として彼に銃を撃つことはなかった。

 少しの沈黙が続き、彼の方から口を開く。

「皆様、オ怪我はゴザイませんデシたか。」

 と、一言。


 それが彼、アグレッサー『アヴニール』との出会いだった。

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