ゴーストライター・トラジェディー
詩人
北原 加弥子『原稿用紙の幽霊』
人が死ぬ話というものは、とても不謹慎なことではあるのだけどよく売れるそうだ。
その過程で、生への渇望が描かれていればなお良いらしく、更に言えば死因が自殺であれば面白さはぐんと上がるそうだ。
創作物──小説やドラマ、アニメ、漫画、絵画など人が創り出したものには必ず「フィクション」の箔が付けられる。フィクションとは、現実でないもの──空想を表す言葉だ。「現実でないもの」が現実にあるのだ。考えてみればおかしなことだ。
フィクションを生産する人間は、必ず自分が頭の中で想像及び創造したものを作品に落とす。フィクションを消費する人は、現実からの逃避を目的としてあたかも娯楽かのように消費する。
つまり、人間というものは現実が嫌いなのだ。
導入はこの辺で終わり、
つい三年前のことになる。夏だった。
限りなく
トラウマを発症して学校に来れなくなったクラスメイトも多数いた。彼の自殺は瞬く間に全国に知れ渡り、連日祭りのように彼の死を娯楽のために消費した。
──彼は本気で書いていた小説を馬鹿にされて虐めに遭い、十年来の幼馴染みの女子と彼氏のセックスを目撃してしまい、最期は遺書にも似た小説を遺して自殺した。
あまりにも出来すぎたストーリーだ。だから世間の格好の餌食となった。まるでフィクションみたいだ、と現実逃避のために消費された。
最期の小説は、人権団体が関わっているあらゆる賞から最優秀賞を貰った。お涙頂戴の感動ストーリーとして、世間様に創られた。
私は許せなかった。世間が、ではなく私自身のことを許せなかった。彼が死んだ理由なんて、私が素直に彼に「好き」を伝えれば解決しただろう。「小説なんか辞めて、私と毎日セックスしようよ」と言っていれば、彼はきっと今生きている。人間なんて所詮そんな生き物だ。
だから、私は彼を書いている。
私は彼が死んだという現実から目を背けるために、彼が書くであろう小説を書いている。「芹沢水湊」というフィクションの名で。
昔よく彼の小説を見せてもらっていたけど、大体が4000字以内で収まる短編だった。最高でも2万は超えない。そして彼は「生への渇望」、そしてコメディーをテーマに書いていた。
適当に書いた作品をネットに上げると一瞬にして閲覧数が増えた。出版社から短編集を出したいと連絡があったり、長期連載を終えた若手のエースと呼ばれる漫画家とタッグを組んで読み切りの漫画をたくさんジャンプに載せてもらったりした。結局は運だった。
芹沢水湊という名前で気付いた人はほぼ居ない。もう三年も経てばあの事件は記憶の片隅にも置かれていなかったに違いない。彼も生前ネットに熱心にアップしていたそうだが、運が0だったが故に奇跡は起こらなかったのだろう。
私の作品ではない。芹沢水湊の作品、すなわち彼の作品だ。それが今や世界に届いている。世界中にファンがいる。彼に運を与えなかった神様を殺してやりたかったが、神様というのも人間が気休めに創ったフィクションにすぎない。
だから私は今日も書く。彼が目指していた生とコメディーを。喜劇の反対は
煙草の火をライターで付ける。煙がふわっと宙に
幽霊みたいだ、と思った。
〈作者の他の作品〉
・『喜劇は用意された』
・『氵』
・『馨しい珈琲に舌を出した』
・『Surrounded』
・『Without』
・『夏の獣』
・『図書館ではお静かに!』
・『Life is no wonder!!』
ゴーストライター・トラジェディー 詩人 @oro37
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