ブラックホールちゃん

「おまえな、いいかげんにしてくれよ。ついてくるなったら」

 バスケットボールくらいの黒い球が、ふわふわ浮いて、ぼくの歩いているうしろからくっついてくる。そいつは、左右に身体をふって、いやいやをした。

「ブラックホールなんかにつきまとわれちゃ困るんだよ。みっともなくて歩けやしない」

 本当にブラックホールかどうかわからないけど、身体にふれたものを何でも吸いこんでしまうんだ。

 これから、中学で同級生の夏子ちゃんに、遊びにいこうと思ってたのに。いっしょに勉強しようって名目。でも、こんなのを連れていったら……

 さっき、このブラックホールがいじめられてたんで助けてやったら、こうなっちゃったんだ。まいったなあ。

 だってねえ。抵抗しないのをいいことに、子供たちがくさった魚とか、犬のフンとか、生ゴミを持ってきては投げこんで、喜んでるんだよ。ブラックホールの身のかなしさ、ぶつけられたら、きたなかろうが吸いこんでしまう。かわいいブラックホールがそんな目にあって、悲しげにふるえているところに通りかかったぼくとしては、止めないわけにもいかないでしょ。

 おかげでそのガキどもに千円ほど取られてしまった。くそぉ。

 しかし。恩返しでもするつもりでついて来てるんだろうか。どうせなら美女に化けて来て、はたでも折ってぼくのこづかい銭をかせいでくれりゃいいのに。

 ぼくは足早に歩きだす。ブラックホールもついてくる。角をまがる。やっぱりついてくる。走る。

 うしろを向く。まだついてきてる。もう、やめてくれえ。

 力いっぱい走る。こんなに走るの、運動会のかけっこ以来だ。

「あ。危ない」

 と、人の声。

 うっかり、ぼくは車道を横切りかけていた。ダンプカーが、ぼくめがけて。うわぁ、ひかれる。

 ところがその時。さっとブラックホールがダンプカーに体あたり。あっという間に、車体をのみこんでしまった。ひゃ、助かった。

 やっと向こうの歩道までたどりついたぼくは、肩で息をしながら、

「はは。こんどはぼくが君に助けられたわけか。これでおあいこだな。気がすんだろ。バイバイ」

 ところが。ぼくが歩きだすと、まだついてくる。

「なんだよ。まだ何か用かい」

 ブラックホール、もじもじしていたが、丸型からすっとハート型に変わった。そしてもとに戻ると、はずかしげに、さっと電柱の陰にかくれる。

「えっ。ま、まさか」

 冗談じゃないぞ。ホレられちまったのか。ぼくって、人間の女の子にはもてないけど、ブラックホールの女の子にはもてるタイプなのかなぁ。

「う。あの。その。きもちはうれしいんだけど、ね。世間体ってのがあるし。うん。そうなんだよ。ほかの人が、ぼくたちのカップルを認めてくれないしさぁ」

 えらいことになっちゃった。なんとかきらわれる手がないかなぁ。

 ん。トイレに行きたくなってきた。さっきから緊張しっぱなしだもんなぁ。ダンプにひかれそうになったり。

 そうだ。立小便でもしてやろうかな。軽犯罪法違反だけど、軽蔑されてきらわれるか。それでなくても、はずかしがってよそを向いているスキにさっと逃げて……甘いかなぁ。

 ともあれ。近くにトイレはないし。ぼくはすぐそばのへいで、用をたしはじめた。

 ところが。ブラックホールちゃんは、てんで動こうともしない。そういえば、目がどこにあるかわかんないもんね。ひょっとしたら今、うしろを向いてるのかもしれない。

 だったら、こんなまね、するんじゃなかったな。この家の人に見られたら……

 あ、ここは。

 しまった。夏子ちゃんだ。そういえば、見おぼえのあるへい。夢中で走ってたら、ここまで来ちゃったのか。

 わ、部屋にいる夏子ちゃんが、ガラスごしにこっちを見た。窓がガラリとあく。

「早いのね。あがってらっしゃいよ。そんなところに立って。何してるの」

 うゎ。えらいところを見られちゃった。といって、急には止まらない。

 それより、ブラックホールだ。小声でいう。

「おい、かくれてくれ。おまえなんかといっしょのところを彼女に見られたら……。たのむ。消えてくれ。じゃまなんだよ」

 すると、プッとふくれた。怒ってる。ヤキモチやいてるのかな。

 そして。へいに体あたりをした。へいは地面からひきちぎられ、吸いこまれた。へいがなくなり、あとには用をたしおわってないぼくが残る。

「きゃ」

 本が、二、三冊、ぼくめがけて飛んできた。窓がピシャリ、閉じる。

 うわぁ。わわゎ。なんてこった。

「ばかばかばかばか。なんてことをしてくれたんだ。

 もうやだ。消えたい。穴があったら入りたいよぉ」

 ぼくはわめいた。すると。

 ブラックホールちゃんが迫ってきた。

 まさか。今のぼくのセリフ、本気にされたんでは。

「お、おい。今のは別に……うわぁ」

 最後までいう間もなく、ぼくは吸いこまれてしまった。


 というわけで。

 ほくは今、ブラックホールちゃんの中にいる。かなり広い。一種の四次元空間なのかな。なかなか快適。

「おーい。お茶」

 とぼくがいうと、どこからかコーヒーが飛んでくる。

「ついでに、マンガ」

 また飛んでくる。ブラックホールちゃんが喫茶店とか本屋にすっとんでいって、チョンとさわれば、それがぼくの手もとまで落ちてくるというわけ。

「いいかげんにしろ。ほかの生徒にしめしがつかないじゃないか。これじゃ授業ができん」

 ここは教室。ひまなんで、学校ごと呼んでもらったんだ。

「あっそう。おーい。この先生、授業したくないってさ」

 するとこの先生、どこかにすっ飛ばされた。うふふふ。この快感。自分の思い通りになると、学校ってのも楽しいもんだよ。ブラックホールちゃんは、自分の中では、重力を操って物を好きなように動かされるんだ。

 ひょっとして、ぼくのセリフを本気にしたんじゃなくて、汚名挽回、竜宮城につれてって、もてなしてくれるために中に入れてくれたのかもしれない。

 ぼくはとなりの席の夏子ちゃんに声をかけた。仲直りしたんだ。

「ね。これからデートしない。映画見て、公園いって。どこの映画館と公園がいい、外の世界から呼び寄せるのは」

 とたんに。夏子ちゃんがどこかにすっ飛ばされてしまった。またヤキモチだ。

 これさえなければ、最高なんだけどなぁ。

 ぼくのためにいろいろ食べて、大きくなってくれて。そうすれば、外から呼べるものも大きくなるというわけ。

 世界中を思い通りにしたいから、地球を呼んでくれないか、と頼んだんで、最近宇宙中とびまわって星に体あたり、たくさん食べて大きくなっている。このようすだと、そろそろ呼べる大きさになったようだ。

 ぼくは、上を見あげた。すると……

 わぁい。もうやってきたぞ。

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