おいしい記憶

 ひええぇっ。もう夜中の三時だぁ。

 期末テストだってのに、まだ日本史の年号しか終わってないよぉ。

 今日は数学も、英語もあるのに、まだなーんにも手がついてない。どーしよ。

 なんせ、ぼくはひどいトリ頭だからなぁ。今やった年号だって、テストが始まる頃には、ぜぇーんぶ忘れちゃうに決まってんだ。

 はぁーっ。

 大きなため息。いつものように、白いもやのようなものが口から出る。

 どうもぼくは、特異体質で、いっしょに、せっかく覚えたのが消えちゃうような気がするんだ。

 年号カードの中から、一枚とってみる。

「七九四年、か、七百……ええと、ナクヨ、なくよ。……鳴くよウグイス、ほーほけきょ。じゃない、鳴くよウグイス、鳴くよ……」

 泣きたいよぉ。きれいに忘れてる。やっぱり今のため息で、記憶が出てっちゃったんだ。

 白いもやは、部屋の中で薄れていこうとしてる。ちょっと、かき集めてみたくなって手をあがかせる。?。手にちゃんと引っ掛かるぞ。淡い綿アメみたい。

 椅子や机に乗っかかったりして、片っ端からかき集める。はりゃ? どんどん押し固められるぞ。

 もやは、どんどん縮んでいって、ついに小指の先ほどの、うす紫色にきらめくゼリーのようなものになった。

 ひょっとしたら? それを口に入れて、ごくり 呑み込んでみると、

 いきなりさっきまでの記憶が鮮明に蘇った!

 わぁっ。これ、テストの前に呑めば、楽勝じゃん。

 えい、ダメもとだ。もう一度大きなため息をついてみると、白いもやが。またそれを固めていき……

 やったぁ。これ、テストで使えるぞぉ!


 二十年後。

 インタビューに答えて、そんな思い出を語ると、

「……それが世界でもトップの歴史学者になられた、先生の秘密だったんですか。あの膨大な情報を駆使した論文は、そのおかげだったんですね」

 インタビュアーも、あまりに意外な話に、驚き、戸惑っているようす。ま、ぼくだっていまだに信じきれないもんな。

 でも現に、部屋の棚という棚に、上下左右奥にずらりと無数の小ビンがあり、その中には紫色に輝く玉が。

「つまり、これが全部、先生の『記憶』というわけですか」

 ぼくは胸ポケットから、小ビンを出して、渡した。

「呑み込んだ瞬間に、その知識を得たときの、喜びの記憶まで蘇ってきて、いいものですよ」

「きれいですねぇ」

 インタビュアーは、小ビンを眺めまわす、と、ポロっ

 がしゃん! 紫色の球が転がりだし、白いもやへと変化していく。ひやあっ。ぼくは椅子から転げるようにはいつくばり、それを呑みこんだ。

 と同時に、開いている窓から風が吹き抜け、背筋が凍った。

 なにしろこれは、なにより大事な、どこに何の『記憶』を置いたかの『記憶』。あと一瞬遅れて、吹き飛ばされてたかと思うと……

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