どこからか来た男

 超一流メーカーの社長室。

 開発部長が「信じられないでしょうが、とにかく会ってください」と強引に言い張っていたのだが、その男と共にドアから入ってきた。

 白髪、エキゾチックな顔立ちで、白い貫頭衣かんとういという姿。大きな四角いものを抱えている。紫や透明な石が嵌め込まれ、金属とも焼き物ともつかない薄緑色と群青色の混ざった部品で組み立てられた、奇妙な箱。

「ちょっとインストールしていいですか?」

 男はディスクを出すと、さっさと社長のデスクトップパソコンにインストールを始め、USBケーブルで四角いものと繋げた。

「高そうな腕時計ですねぇ。ちょっと拝借」

 社長は胡散臭さげながら、腕時計を渡した。

 四角いものには、背面に大きな穴が開いていた。その中に腕時計を入れると、男はパソコンの操作を始めた。

「いやぁ、今はパソコンも進化して、飛躍的にやり易くなりましてねぇ」

 いったん腕時計を返し、再び操作し始めた途端、

 同じ腕時計が次々に穴からとびだしてきた。

「こ、これはいったい……」

「装置の機能その1、中に入ったものをデータ化して保存しておけば、いくらでも複製いや、本物を、といった方がいいですね。取り出すことが出来ます」

 男は再び操作を始めた。

 すると、外見は「装置」に少々似ているが、手帳ほどの大きさの、ディスプレイとスイッチを備えたものが出てきた。

「エアコンです。温度と湿度を設定すれば、半径十メートルの温度、湿度をきっかり調整することが出来ます。電気も、排熱もありません。半永久的に使えます。

 機能その2。私が専用CADで設計した発明品を実体化する」

 男がスイッチを押すと、やや蒸していた室内がさっぱりしたものに変わった。

「もうひとつ発明をお見せしましょう」

 装置から出てきたものは、これも装置をちょっと小ぶりにしたような外見だが、男はUSBケーブルでパソコンとつなぐ。

 パソコンのディスプレイ上に、層状のものが表示された。

「この下の地層です。地盤の応力や、どんな鉱脈が含まれているかが判ります。もっとも、貴重な微量元素だろうが、金銀だろうが、コピー機能を使えばいくらでも手に入りますから、その面では必要ないですね。測定範囲は色々変えられ、半径百キロメートルの範囲で、マントルの内部まで見ることが出来ますから、地質学者には便利でしょう。

 すべて、原料いらず、電気も使いません」

 社長としてもとても信じがたいことだが、開発部長の口ぶりからして、まやかしではないのだろう。

「この装置の大きさを十倍、百倍にした部品の設計データも入っていますから、個々に吐き出させ、組み立てれば、もっと大規模な装置を作り出すことも出来ます。

 いかがですか、社長。これで、日本の経済界を牛耳る気はありませんか」

 社長、呆然としながらも

「それで、あなたの欲しいものは何だ。莫大な金か、わしの命か」

「いやいや、私も科学者。自分が設計したものが世に出るのがこの上ない道楽でしてね。謝礼はいりません」

 男の目がギラリと光った。

「わ、わかった。どういうことか判らないが、わしが断れば、ほかのメーカーに行くだろう。契約しよう」

「ただ一つ、要望があります。それは、私の発明品を海外に輸出しないこと。くれぐれも産業スパイなどにもご注意を」

「どういうことです。この幸運を日本にだけもたらしてくださるというのは」

「んー。この島国が気に入った、ということですかね」


 十年後。

 日本は一変した。

 人が楽々通り抜けられるほどのゲートという装置が出来、簡単な操作でどこにでも行ける。自宅から、職場、友人の家、学校、医者などなど。

 職といっても、職場に行って、2、3時間も装置を操作すればいい。それで充分満足の得られる収入が入ってくる。なんせ物価が安いのだ。

 いつでも一流シェフの出来立ての食事が手に入り、蛇口をひねれば名水が流れる。すべての家電製品は、電気いらず。テレビにアンテナさえない。

 こんな状態だから、国民は、全国あらゆるところに広がった。狭い都会にいる必要が全くない。家の建築コストも大幅に下がっているので、緑あふれる場所、風光明媚な地域へと散ってゆく。

 風光明媚といっても、窓の外にゲートを設置し、絶好の場所の位置に空間を固定しておけば、いつでもその気分を味わえるので、それすらも大した要素ではない。

 装置は石油を満載したタンカーすら造れるほど巨大なものも出来、世界一の産油国になっていた。もちろん鉱物資源も世界一。食糧自給率が貧弱だった昔と比べ、食糧の輸出も世界一。家電から何から、装置以外のありとあらゆるものを輸出する、金満国家になっていた。

 だから、ほとんど働かなくても十分満足できる生活が送れるのだ。気が向けば車に乗ってカーナビで道路を指定すると、ゲートと同様の装置が働き、その道路に出てドライブを楽しめる。帰る時も操作一発。家には国宝の五つや六つはあるのが当たり前、という生活。


 今や世界最大の企業となった会社の社長室。

 半球状の装置があり、中の座席には貫頭衣の男。

「悪いが、これで失礼させてもらうよ」

 いまや日本の経済の全てどころか、政治をも操るようになった社長は、名残惜し気。

「で、一体その乗り物は何ですか」

「タイムマシンさ」

「タイムマシン! ではあなたは未来からやって来たのですか」

 男はにやりとした。

「いや、過去。アトランティスだよ」

「アトランティス?」

 社長は嫌な予感。

「装置が、本当に何もない空間から、モノを、エネルギーを生み出していると思ったのかね。実は、地殻から取り出しているのだ」

「地殻? でも、異常があるなどという報告はどこにも……、あっ」

 そう、今では地殻の観測など、全て男の発明品を使って、それをはなから信じ切っていたのだ。いまさら旧時代の装置など誰も使わない。実際に日本の地下がどうなっているかなど、誰も知らない。

「じゃあ、日本を愛して恩恵を施して下さったわけじゃなく……」

「輸出して、世界中が滅亡すると、次に行くところがなくなるのでね。じゃあな」

 タイムマシンはぶぉんと空間を鳴らすと、消えてしまった。

 そして間もなく、日本中に大激震が襲った……

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