魂ください
日曜日の朝、俺がわが安ワンルーム賃貸マンションで寝そべっていると、悪魔が現れた。
なんとまあ、頼りなさそうな顔の悪魔。そして、
「あのぉ、あなたの魂、頂けないでしょうか」
いきなりこんなことを言う。俺は吹き出してしまった。間抜けな奴だなー。
「馬鹿、いきなり魂をくれ、って言ったって、はいあげますよ、って答える奴があるもんか。
その前に、言うことがあるだろう。ほら」
はは。考えてやがる。ひどいもんだ。これでよく悪魔が務まるな。
「早く思い出せ。じれったくなるじゃねえか。分かんねえかなぁ。
そうだ、お前、魂を譲渡するための契約書、持っているだろ。な。それを読んでみなよ」
俺に言われて、悪魔、契約書を耳の穴からひっぱり出し、文面を目で追う。
「あ、そうか。分かりました。
あなたの願いを三つ、叶えてあげますから、代わりに魂をください」
そうだよ。そうこなきゃいけない。
「まったく世話がやける奴だな。
あ、さてはお前、これやるの初めてだな」
こっくり首を縦にかしげやがった。やったことないんだよ、こいつ。てえと、新入りか。
「そんなら、俺がお前の仕事始めってわけか」
「ええ。そうなんです。ですから魂を……」
「うーん。どうするかなぁ」
「お願いしますよ、ねぇ」
手を合わせて俺を拝んでやがる。変な悪魔だね。拝むってのは、神仏に対するもんだろ。この悪魔、仏教徒かね。
「よーし、俺も男だ。お願いされちゃおうじゃないか。
俺の三つの願いを叶えたら、魂、お前にやるぞ」
それ聞いた悪魔、喜んだよ。うれしさのあまり、部屋中、踊り狂いはじめた。
以前、少し悪魔への三つの願いというやつについて、考えてみたことがあったが、実際こういう状況になるとはねぇ。
「お、おい。いい加減にしろ。ドタバタするな。下の部屋の奴、うるさいんだから。よしてくれって」
「あっ。は、はい」
よもやこんな変な悪魔とは、あの時は考えもしなかったが。
さて、第一の願いは……と考えていると、悪魔、帰ろうとする。
「本当にどうもありがとうございました。じゃ、さよなら」
じょ、冗談じゃないぞ。
「馬鹿、間抜け。魂の契約もせず、俺の願いも聞かずに行っちまう気か?」
「あ、すみません。うっかりしてた。
じゃあ、契約書はこれ、で、願いは何にいたします?」
「うーん。そうだなあ」
この悪魔の顔を眺めながら考えていたら、ちょっと意地悪をしてみたくなってきた。
「どうだ、全宇宙を消してくれ、なんてのは」
はは、驚いてやがる。
「そ、そんな。全宇宙なんて。とても僕の力じゃできない。ねえ、頼みますからほかの願いを……」
「冗談だよ。そんなことしたら、俺まで消えちゃうじゃねえか。俺の本当の願いはね……
全悪魔の支配者になることだ」
お。ガタガタ震えだしたよ。面白いねぇ。
「や、やめてください。そんなこと、やろうとしただけで、大魔王様の逆鱗に触れて殺されちゃいます。あ、あなたねえ、あの方の恐ろしさを知らないから、そんなこと言えるんですよ。知ってたら……」
歯までガチガチ言わせてやがる。馬鹿をからかうってのは楽しいなあ。
おやおや。何やらぶつぶつ言いだしたよ。
「こんなことなら、内勤にすればよかった。地獄で事務をやってりゃ、こんな目には……」
「地獄が内勤で、現世で魂集めが外勤か。なるほどね。
大体、お前、どう見たって、セールスには向いてないよ。外勤なんか、よしゃよかったのに」
「でしょ。僕もそう思ってたんですが、パパが外勤の方が楽だぞ、どうせ願いなんて、金と女と名誉とか、簡単なモノばかりなんだ、人間なんて馬鹿だからって……
あっ」
あわてて口を押えやがって。相手を見てモノを言えってんだ。
「なんだか、哀れになってきたな。ま、いいや。じゃ、第一の願いは、その、バカが願う、簡単な奴にしてやる。
えーとだな。一生、金に不自由しないようにしてもらおうか。生涯、大金持ちに」
「えっ。それでいいんですか。どうも申し訳ありません、ご期待に沿えなくて」
恐縮してるよ、ふふふ。
お。何やら訳のわからない呪文を唱えはじめたぞ。しめしめ。これで俺も大金持ち。
ん。なんだかまわりに妖気が漂いだしたな。ほほう、妖気が俺の中に入ってきた……
「はい。終わりました」と悪魔は言ったけど……
「終わったって、カネはどうした」
「宝くじや馬券、株、FXとか、いろいろ買ってみてください。儲かるはずです」
なるほど。そういうことか。
「すると、効き目が分かるまでに少し時間がかかるわけだ。
それまでは、次に移るわけにはいかんな。……じゃあ、一か月後に、また来てもらおうか。あとはその時だ。
というわけで、一か月がたった。
約束通り、また悪魔がやってきた。
「お、よくここが分かったな」
宝くじほかいろいろのおかげで、いまじゃ安ワンルームを引き払い、高級マンション暮らしなのだ。ま、近々、大豪邸に移ることになるが。
「お前、抜けてはいるが、魔力は確かだな」
「どうも。
さあ、第二の願いをどうぞ」
一か月待たされて、せっかちになってやがる。まぁ、こっちもじらすつもりじゃないが。
「よし、じゃあ言ってやろう」
「厄介な願いじゃないでしょうね」
心配そう。この間のがききすぎたかな。
「安心しろ。お前にだって簡単にできるはずだ。そして、あと一つ願いを叶えれば、俺の魂はお前のもの。
いいか、よく聞けよ」
悪魔のやつ、真剣な顔をして聞き入ってやがる。ふふふふ。
実は、この願いは、以前悪魔の願いについて考えたときに思いついたんだが。
「俺の第二の願いはなぁ……
第三の願いを、俺が絶対に言わないようにしてほしいんだ。声が出せなくなる、なんてのはだめだぞ」
「第三の願いを絶対に……ええっ!」
悪魔、その場にへたり込んでしまった。段々泣きっ面に。
いや、その顔の面白いこと。顔中クシャクシャにして、涙ボロボロ。
「さ、第二の願いは言ったぞ。これで、第三の願いを叶えれば、晴れて俺の魂はお前のもの。うれしいだろう」
そう言いながら、俺は、思いっきりアカンベをしてやった。
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