ナポレオン
「あー退屈だぁ!」
ナポレオンは叫んだ。退屈この上なし。なにしろ彼は、不眠症で一日に三時間しか眠れない。普通人より一日が長い。おまけに飽きっぽい。時間を持て余すのも当然というもの。
「将軍、トランプでもなさったらいかがでしょう」
「トランプか。あれも飽きたなぁ。まあいい、人を呼べ」
副官と、その他数名がきた。ナポレオンはトランプを始める。だが、いつもと同じではつまらない。やっているうちにだんだんルールを変えていった。
「ひどいなあ、まったく違うルールになっちゃったじゃないですか」
かくて彼は、トランプ遊びのひとつ、ナポレオンを開発した。
ナポレオンはナポレオンをしながら、酒のグラスを取り、傾ける。
「ムッ。この酒、このあいだも飲んだ奴じゃないか。別のを持ってこい」
「そんな。もうこれが最後のものです。ほかに別の種類の酒はありません」
「くく。よし、それなら、もう頼まん。わしが作る。あらゆる醸造酒を直接吟味して、好みに合うようにしてやる」
かの名酒、ナポレオンはこうしてできた。
ナポレオンはナポレオンをしながら、ナポレオンを飲んだ。
「まだ退屈だ。何をしよう。本もあらかた面白そうなものは読破したし。よし、本を書こう。何を書こうか」
副官はうんざりしながらも、なるべくどえらい時間がかかりそうな提案をする。
「辞書などいかがでしょう」
「うむ。いいな。ナポレオン辞典。いや、それではありきたり。ナポレオン法典と名づけよう。やはり、題名は意味ありげなものでないとな。
が、まあ、辞書は続けてやっていくと飽きるから、小説も並行してやりたいな。スリルのあるあるやつ。スパイ小説にしよう」
かくて毎日、ナポレオンはナポレオンをしながらナポレオンを飲み、ナポレオン法典と小説ナポレオン・ソロの構想を練った。
こんな状態だから、いい辞書ができるはずがない。ご存じの方もいると思いますが、不可能という文字が抜けてたりする。
「ああ暇だ暇だっ!」
「ご旅行に行かれたらいかがでしょう」
「うん。それはいい。エジプトあたりに行ってみたいな。が、まあただ行くんじゃつまらん。大軍勢を率いて物々しくやろう。
が、ただの旅行では、軍隊はついてきてくれんな。では、イギリスとインドの連絡を絶つため、という名目で行こう」
かくて一七九八年八月、ナポレオンは、エジプト見物としゃれこんだ。約四千の超巨大艦隊を引き連れて。兵士たちは当然、戦争に出ているつもりでいる。
ナポレオンは、ピラミッドやらスフィンクスを見て回るだけ。
「なんか変だぞ」
ある船の船長が仲間たちに呟いた。
「あのバカ将軍、観光してまわってるだけじゃないか。ドンパチやる様子なし。旅行目的で来ただけじゃないのか?」
使いを出して、ナポレオンの真意を探らせる。答えて曰く
「うん、本当はね、ただの旅行なんだ」
さあこれを聞いて怒ったのが船長連。兵士は働かないで済んだが、船長はもう働いちゃったわけ。働き損。ばかばかしい。もう怒ったぞ。ナポレオンを懲らしめてやろう。
……ってんで、四千人の船長は、ナポレオンの背後のピラミッドの裏側を登り始めた。
ピラミッドの頂上からワッと顔を出して、脅かしてやろうって計画。
「けっ」
と、ナポレオン。
「船長連も、あれで隠れてるつもりかい。四千人もいて気づかれずに済むと思ってんのかねぇ」
そして、部下の方を向く。ピラミッドの上を指す。
「兵士らよ。このピラミッドの上から、四千のヒステリイが諸君を見下ろしている」
何のことやら。兵士らは首を傾げてひそひそと、
「何のことだ。四千のヒステリイって」
「うーん。まあ、聞き違いじゃないかなぁ。たぶん、将軍は、四千年のヒストリイ(歴史)と言ったんだろう」
「なるほど、さすが将軍。含蓄の深いセリフだね」
千八十二年。
「あー、暇だ暇だ暇だ、ヒマヒマヒマヒマ……」
舌がマヒするほど叫んだ。
「そうだ、暇なときは、戦争でもしよう。どことしよう。ロシアとしよう」
かくて、ロシアを攻めた。そして大敗した。まあ、当然でしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます