第186話 名を知らぬ君に短剣を、名を知らぬ花を貴方に3
*
ルー・メンフィースは、魔族の襲撃があった翌日に教皇からの呼び出しを受けてヘカタイの教会へと向かった。
光の巫女と呼ばれているが、尊敬はされるが宗教的権力は何一つ持っていない。
光の巫女だと担ぎ上げられて、一番最初に説明されたのは教会と光の巫女の関係性だった。
彼らは自分にこう言ったのだ。
教会とは光の巫女の協力者です、と。
奇妙な言い方だと思う。
ルーは通された部屋のソファに座りながらお茶を飲む。
保護者でもなく、同士でもなく、協力者だと言う。
保護者は分かりやすい、そのままだ。同士というのなら同じ目的を持つ者だという事だ。
だが、協力者だというのなら、教会は光の巫女の目的を助ける者という事になる。
ルーはサイドテーブルにカップを戻しながら考える。
彼らは私の目的と己の利害が相反した場合にどうするのだろうか?
自分にさしたる目的なんて無いが、生きているのだ、これから先は分からない。
協力者だと言われた当時は何も感じなかったが、今になって疑問に思う。
彼らは自分に何かをさせる、もしくは何かをして欲しい、そう考えているのだろうか?
もしくは光の巫女であるのだから、自分達と相反するような事をするはずがないと、無邪気に思い込んでいるのだろうか?
今まで自分の立場がどういった物かを真面目に考えてこなかった事をルーは少し後悔した。
たぶんエリカが学園から居なくなったのも、自分のこの無思慮さのせいな気がする。自分からなろうとした物ではない、その意識のせいで深く考える事を避けてしまったのだ。
今更な後悔は、控えめなノックに中断された。
「お待たせしてしまいましたね」
静かにドアを開けて入ってきた教皇に、ルーは思わず探るような目を向けてしまった。
直感が告げる、少なくともこの男は無思慮からは最も縁遠い人間だ。
「おや? 怒らせてしまったようですね」
さして悪いと思っていない教皇カルの顔からは何も読み取れない。
「いえ、大丈夫ですよ教皇様。期限のある旅ですがまだ時間はあります。友達と話す時間はまだありますから」
ルーは姿勢を正しながら応える。
貴族の世界に放り込まれてそこそこ経つが、ルーは教皇カルが苦手だった。
言葉に嘘が無いのに多分に政治的すぎる。というのがルーの教皇への評価だ。
「そうですか、巫女様の貴重な時間を奪ってしまって申し訳なく思っていましたので、そのお言葉だけで救われます」
嘘では無い言葉が奇妙な程に不気味だった。
「ですが本日教会まで足を運んで頂いたのは、そのご友人の安全の為ですので。巫女様にとっても良きお話しかと思います」
ふと思う、もしかして自分は脅迫されているのだろうか? ルーは訝しんだ。
「エリカ・ソルンツァリ嬢は現在、命を狙われております」
「貴方からですか?」
皮肉気にそう問いかけるが、相手の顔は鉄壁だった。たぶん面の皮は鉄か何かだ、ルーはそう断じた。
「本意ではないのですが、そうなった一端は私のせいでしょうね。釣りをしたら
いやはや、失敗しました。そう呟きながら教皇が頭を掻く仕草までする。
出来過ぎた胡散臭い仕草に、先程の言葉は脅迫でも何でも無かった事に気が付く。
アレは只の要請だ。脅すまでも無くこちらが要請を飲むと確信しているのだ、この男は。
悔しいがその通りだ。ルーは静かに文句を飲み込む。
腹立たしい事に何一つ嘘をついていないのが分かる。
そうであるなら自分はエリカの為に行動するだろう。
「ですがエリカ・ソルンツァリ嬢をお守りしたい、というのは私共の“本音”であるのですよ」
不意に教皇カルが何かを思いだしたのか。忘れていた事が信じられないと言いたげな顔をして首を横に振る。
嗚呼、今はエリカ・ロングダガーでしたか。エリカ・ロングダガーとは!神代の奇跡をこの目で見れるとは、神に仕える身としては歓喜に震えますね。
冗談めかした声で教皇が自分には理解できない事を言う。
「それで、私に一体何をしろと?」
いい加減、話すことに疲れたルーはぞんざいに言う。久しぶりにストレートに感情を表に出す人達と一緒にいたせいか、教皇の態度が
ダリル君はアレでちゃんと貴族するからなぁ。
「少しだけ光の巫女としての権能を使って頂きたい、それだけですよ」
光の巫女にそんな物がある、とは初耳だ。
思わず困惑を表に出したルーに教皇が言う。
「心配しなくても大丈夫ですよ。難しい事はありませんし、直ぐに終わります」
「もし断ったらどうなります?」
良いように利用されている、そんな子供っぽい反発心からの言葉だった。
胡散臭い笑みで適当に流されるのだろうな、そう思っていたルーは教皇の浮かべた真剣な表情に驚いた。
「そうですね、少なくとも彼女はこの街には居られなくなるかもしれません。巫女様、信じて頂くしかないのですが、エリカ嬢にとってこの街ほど安全な場所は無いのです」
相変わらずどの言葉にも嘘は無い。
この真剣な表情も全てが計算ずくなのかもれしれない。ただし、その言葉には嘘は無い。
ルーは溜息を吐きながら教皇カルに頷いた。
自分は詐欺師に騙される馬鹿なのかもしれない、そんな考えが拭えなかった。
教皇カルの言った事は本当だった。
権能を使ってくれ、と言われたがルーは殆ど立っているだけで終わってしまった。
詐欺にでもあった後のような、腑に落ちない気持ちでルーは教会の扉を開けた。
教皇曰く、これでこの街の結界は魔族の侵入を許す事は無くなるらしいが、それが自分の権能とどう関係するのかも分からないまま終わってしまった。
自分がやった事と言えば文字を一つ書いただけなのだから。
だがまぁこれでエリカが安全になると言うのならそれで良い。
教会の門までの短い石畳を歩きながらルーはそう考える。
単に友人に会いに来たついでに、その安全まで付いてきたと言うのなら得しかないではないか。
門の外で自分を待つダリル王子の姿を見つけ、随分とホッとした自分に気が付きつつルーはそう自分を納得させた。
***あとがき***
いつもコメント、イイね、フォロー、星等ありがとうございます。
現在、生まれて初めての書籍化に向けてのアレやコレで
頭を抱えながらドッタンバッタンしている時に、頂いたコメントを読み返しながら
どうにか頑張っております。
次回の更新ですが、水曜日なります。
予定では次の日曜日の更新で、今章の終わりとなります。
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