第185話 名を知らぬ君に短剣を、名を知らぬ花を貴方に2(ボーナストラック)


 マキコマルクロー辺境伯、コムサス・ドートウィルは難しい顔で司教と法王を迎えた。

 魔族による襲撃があったのはつい“昨日”の事だ。被害の確認、街の復旧、やる事は山のようにある。

 その中での二人の訪問は、有り体に言って邪魔でしか無かった。


 やるべき事、考える事、決断すべき事、どれ一つ手を止めている暇なぞ無かった。

 どこからか予算を引っ張ってこなければならないし、誰かに無理を命令しなければならない。

 特に問題なのは街に魔族が侵入したという事実だ。


 正確には人間が魔族になった、という事が大問題だ。普通の人間は、隣人が突然魔族になるような環境では安心して暮らせない。

 コムサスはチラチラと頭にチラつく例外ロングダガーを無視しながら考える。

 魔族を操っていた人間……これ自体が常軌を逸した考えだが、あの人間は自分をロングダガーと名乗った。


 アレが本当にロングダガーの係累であるかどうかは、さして重要ではないが。少なくともアレはソルンツァリを憎んでいた。

 もしかしたらソルンツァリが狙いだったのかもしれない。

 だとしたら辺境伯としては――。


「辺境伯様?」


 珍しく自分を辺境伯と呼ぶ古い友人の声に、コムサスは客人を前に考え事にふける無礼を働いた自分に気が付いた。


「いや、これは失礼をした」


 二人をソファに身振りだけで促す。こういう実務的な所作が中央の貴族から田舎者と言われる由縁なのだろうな、そう思いながらも必要以上の礼儀に拘れない。

 コムサスが自分の性分に心中で呆れている間に、司教と教皇を案内し終えた執事が頭を下げて出て行く。それを机から見送りながら内心で溜息をつく。

 まあ今更自分の性分に呆れていても仕方が無い。


 俺という人間は、臆病で計画にない事が起こるとすぐに混乱するし、不意打ちされたら怒る。

 中央向きの性格ではない自分を一頻ひとしきり心中で慰めると、コムサスは口を開いた。


「ご存じだとは思うが、私は今とても忙しいので、出来れば簡単に済む話であると嬉しいのだが?」


 どうやら思った以上に、二人の不意打ちの訪問に怒っていたらしく、自分にしては随分と皮肉気な言葉が出た事にコムサスは驚く。

 素直に言葉が口を突いて出てしまう。

 中央向きではない、慰めたはずの自分の性分がまたうずく。


「随分と直截なお言葉ですね」


 それに楽しげに応えたのは教皇カル・ウラシミッツだった。

 教会の人間、とはいえ王都の住人だ。心中で田舎者と馬鹿にされているのだろうな。


「いえ、確かに辺境伯様は大変にお忙しいはずです。そこに無遠慮に訪問したのは我らです」


 教会は世俗からは縁遠い、されど教皇ともなると流石に政治的な処世を強いられるという。

 腹芸が苦手で自領に引きこもっているコムサスには、年若い教皇が浮かべる笑みがどういった意味合いの物なのか読み取れなかった。

 みんな思っている事を素直に言えば良いのに。


「ですので、こちらも直裁に申し上げましょう。辺境伯様、貴方がお持ちになっている懸念の一つを晴らしに参りました」


 懸念? 思い当たる懸念が多すぎてコムサスは首を傾げた。

 直近の懸念としては、被害を受けた住人に対して援助しなければならない金をどうするか?だ。あとロングダガーと話を付ける。それに下水道の修復もあるな。あと絶対にロングダガーと話を付ける。


「これは申し訳ない、直裁にと申しましたのに。いやはや王都で慣れたくない物に慣れたようです」


 素直に困惑した自分が面白かったのだろうか? 教皇カルが明らかな苦笑を浮かべながら謝罪の言葉を口にする。


「ソルンツァリに関するご懸念を一つ、晴らしましょうと言っております」


 成る程、コムサスは納得いったと鼻から息を吐いた。


「つまりは、あの令嬢をヘカタイから追放するのはやめてくれ、という話だな」


 結論から口にする自分に教皇が曖昧な笑みを浮かべる。コムサスはそれを無視する。


「そちらにとってはその方が好都合なのでは?」


 教会にとって件の令嬢は光の巫女暗殺未遂犯、という事になる。教会がどれほど真面目にそう考えているかは知らぬが、組織が一度そうだとしたのならば簡単には変わるまい。

 コムサスは値踏みするような目で教皇を見る。

 そうであるにも関わらず、その令嬢が追放先で更に追放される事を防ごうとする。


「奇妙な事であるように思うが?」


 教皇が曖昧な笑みのまま口を開く。


ヘカタイここである事が我々にとって重要なのです」


 瞬間、コムサスは激高しかけた。

 コイツか!? コイツのせいで我が街にロングダガーが来る事になったのか!?

 俺の胃壁の敵はコイツか!?胃敵死すべし!慈悲は無いノーマーシー


 腹芸の代わりに覚えた鉄壁の無表情で取り繕いながらコムサスは教皇を見つめる。

 だが教皇からは言葉の続きはない。つまりこれ以上は言う気は無いという事か。コムサスは静かに呼吸する。


「成る程……それで、どのように懸念を払拭してくれると言うのだね?」


 投げかけた問いに教皇が頷き答える。


「魔族が……魔族となる人間も含めて、この街には入れぬように致しましょう」


 コムサスは胡散臭い物を見る目で教皇を見た。

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