第184話 名を知らぬ君に短剣を、名を知らぬ花を貴方に1

 *


「というわけで俺はここに居るわけだ」


 俺は膝を曲げ、出来るだけ小さく纏まるように背中を丸めて、そう呟いた。


「何が、というわけで、なんでまた、こんな所に隠れているんですかい旦那」


 同じく俺の隣で膝を曲げて体を小さくしているメルセジャが呆れた様に言う。

 ちなみに場所は我が家の庭にある道具入れの中だ。

 詰め込めば何とか人が三人入れる程度の広さしかない。

 俺とメルセジャは現在、その中にいる。


「辺境伯殿からの使者から逃げてるんだよ」


 俺が正直に道具入れに隠れている理由を告げると、メルセジャが長々と溜息を吐く。


「なんとまぁ、ロングダガーらしくない言葉ですな」


「やめてくれ先輩殿、ロングダガーを便利に使う奴はもう沢山だ」


 俺はゲンナリした気持ちで言う。

 人の家名を便利に使う奴はこれ以上いらない。


「で?何でまた逃げ回ってるんです?」


 確か、今日でもう四日目でしょ? メルセジャが額に浮いた汗を拭いながら言う。


「呼び出される前に首を洗う必要やらなきゃいけない事があったからだよ」


 俺はそう言いながらメルセジャに紙の束を渡す。

 メルセジャが視線だけで問うてくる。


「手紙だよ、宰相殿と俺の親父宛の」


「内容は訊いても?」


 受け取った紙の束を手早く油紙で包みながらメルセジャが訊いてくる。やけに真剣な目だ。


「親父殿に隠し子が居ないかを確認する手紙と、宰相殿に一度王家と真剣に話し合ってくれっていう手紙だよ」


 確認してくれても構わんぞ。

 そう言い足すとメルセジャが大げさに溜息を吐く。なんだ? その受け取った物が爆弾じゃなかったみたいな反応は?


「ついに旦那が教会を滅ぼす決断でも下したのかと思いやした」


 なんでだよ!?


「てっきり新婚生活を邪魔されて、教会を完全に敵とみなしたのかなぁと」


「エリカに死ねと言った時点で敵だが?」


「えぇそうでしたね」


 メルセジャが何故か遠い目をする、そんな目をしても目に入るのは道具入れの扉だけだぞ?


「というわけで、その手紙を頼むよ先輩殿」


「まぁええ、それは構いやせんが」


 手紙を服の隠しに仕舞うメルセジャを見て安堵する。辺境伯殿の為に首を洗うのも後にして、文章を書くという苦行を頑張った甲斐がある。

 出すべき手紙も用意できた、俺の首は綺麗に洗えただろう。これでいつでも辺境伯殿の所に行ける。


「そんな顔するような事なんですかい? わたしゃ意外と感謝されるんじゃないかと思ってんですが?」


 首を撫でているとメルセジャが不思議そうに尋ねてくる。


「スゲぇ怖い声で呼ばれてみろ、噛みつかれる程度は覚悟するぞ」


 今思い出しても超怖い。

 背負っている人間はとにかく強いし、とにかく怖い。あれぞヘカタイを背負う貴族様だ。

 相対するに覚悟ぐらいする。


「噛みつかれる程度で済まなかったら?」


 メルセジャが真剣な顔をする。道具入れの中なので全く真剣味に欠けるが。


「その時は……どうするかなぁ」


「迷う所なんですかい?」


「エリカを街に受け入れてくれた恩人だからなぁ」


 首を撫でながら考える。


「エリカを幸せにしてくれると、約束してくれるなら俺の首半分程度なら差し出すんだが」


「辺境伯に何て物を背負わす気なんですかい!?」 何て物も何も、エリカの幸せなんて人生最良の目標だろう。


「いえ、何も言わないでくだせぇ。旦那が何を考えているか良く分かりますんで、ホント分かりたくねぇですが」


 流石、宰相殿が雇った冒険者である。エリカの幸せこそが最上であると口にせずとも理解している。

 理解ある協力者の存在に嬉しくなる。


「……でぇ。さっきから敢えて触れなかったんですが」


 メルセジャが頭痛を堪えるような顔で俺の横を覗き込む。


「そのシスターさんは何をしてらっしゃるんで?」


「あ、気にしないでください」


 メルセジャと反対側、つまりは俺を挟むように座ったシャラが答える。

 モッチャモッチャと干し肉を囓っているのは意味不明すぎて怖いので無視する。

 何をどうしたら他人の家の道具入れに入って、朝から干し肉をかじろうと思うのか?


「いやぁ、なんかこの前から教会にいると皆でってたかって私から話を聞こうとするんですよねぇ」


 教皇様が余計な事を言うからです。

 そうぼやくコイツはあの日から夜以外は俺達の家に居る。

 何でも教皇様によって聖人認定を受けたらしい。

 もう一度言おう、シャラが聖人認定を受けた。


「ちょっと声が聞こえるぐらいで大げさなんですよ」


 鼻息荒く干し肉を囓るシャラが虚空に向かって、あぁ声さんが悪いわけじゃないですよぉ、と言い放つ姿を見て、俺とメルセジャの肩がくっつく。

 怖い、単純に怖い。

 こんな聖人様が居てたまるか、という気持ちになる。


「ちょっと旦那、くっつくかないで下さいよ」


「そっちに寄れよ先輩殿」


 恐れの余りか、気が付かないうちにシャラから離れようとしていたようだ。

 クソ、なんで朝っぱらから道具入れの中でメルセジャと肩を寄せ合ってシャラに怯えなければならないのか。

 ガタガタと道具入れを揺らしながらメルセジャと肩をぶつけ合ってると、何故かシャラも肩をぶつけてくる。


「おま! シャラまで」


「一緒に隠れている仲間じゃないですか!」


「そんな仲間になったつもりはねぇよ! だいたいお前は聖人様だろうが!隠れてないで教会でチヤホヤされてこいよ!」


「シンさんこそ!街を救った英雄なんですからさっさと辺境伯様の所でチヤホヤされたら良いでしょ!」


「ちょっと旦那!肘が!旦那の肘が良い感じに!」


「小太りバージョンの変装を止めたお前が悪い、イケメンは道具入れで潰れる運命なんだよ!」


 そんな横暴な!

 職業倫理に従って手紙を守るメルセジャが一方的に押し込まれて抗議の声を上げる。


「無自覚イケメンは死ね! と声さんが言ってます!」


 シャラが俺の肩を押して加勢に入る。


「先輩殿、聖人様のお聞きになる声もそう言ってるぞ、大人しく潰れろ!」


 今のは――、メルセジャが、髭のよく似合う細身イケオジ顔を歪めながら何かを言おうとした所で道具入れの扉が解放された。

 夏の道具入れに隠れていた俺達の顔を、外の涼しい空気が撫でる。


「何を……」


 ついでに言うと、冷たい炎にも炙られる。


「一体何をなさっているのですか貴方たちは」


 あぁこれ、割とマズい奴だ。

 俺は逆光で良く見えないエリカの眉が、かなりフラットになっている事に気が付く。


「えぇっと」


 俺が答えあぐねていると、シャラとメルセジャが俺の背中を押してくる。

 裏切りだ! 俺達は一緒に道具入れに隠れる仲間だろ!?


「シン?」


「はい」


 俺は四つん這いで道具入れから這い出ると、エリカの前に正座した。

 俺はそこから一時間ほど、エリカから貴族の心構えとは?を教えられた。



***あとがき***

いつもコメント、イイね、評価等、ありがとうございます。

作者のモチベーションになっております。

いきなり週一での更新が出来なかった作者です、すいません。


今章が終わり、みたいな雰囲気ですが、もう少しだけ今章は続きます。

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