第181話 その時、あなたは
*
その時、マキコマルクロー辺境伯コムサス・ドートウィルは、妻に会いたくて仕方が無かった。
ふとロングダガーなら頭が吹き飛んでも生きているような親戚がいるのかもしれないと思ったが、自身の常識が断固としてそれを認めなかった。
正直言えば声を大にして叫びたかった。人間かも疑わしい何かから、何を言われたかは知らないが。怪物を自分の親戚扱いする前に相手を疑えと声を大にして言いたかった。
とにかくコムサスは妻に会いたかった。
目を見て、手なんぞ握り、ごく普通に愛しているのだと伝えたくなった。
間違っても“殺し合いましょう”等という言葉は愛してるの代わりにならないのだと、確認したかった。
目の前で繰り広げられる、凄まじく物騒な甘いやりとりに――アレを甘いと思う自分にコムサスは戦慄する。
余りに戦慄しすぎて、あの
エリカの意味の分からない魔法により、一瞬で魔族が死滅した事もすっ飛んだ。
コムサスは長男と一緒に王都で生活している妻に会いたかった。
ふと疑問が湧く。
「今の若者はあのように愛を確認するのだろうか? 私が妻に愛を伝えた時はもっとこう普通であったと思うんだが、今ではアレが普通なのか?」
「聞いた事はございませんね」
執事が答えた。
良かった、コムサスは世の中が知らぬ内に物騒になっていなかった事に安堵した。
「ですが、今のお言葉は奥様には言わぬよう」
「何故だ?」
「おそらく激怒されるので」
何か言いたげな執事の顔に、コムサスは困惑しながら頷き返した。
*
その時、光の巫女ルー・メンフィースは、大混乱から立ち直ったと思ったら親友が頭のオカシイ事を言い出して、再び大混乱にぶち込まれた。
オカシイ、間違いなく何かが徹底的に
間違えようも無く男女の間で交わされる愛の言葉だ。
家族間や友人間ではなく、男女間のそれだ。
なのに
それだけはハッキリと分かる。
ルーは周囲を確認する。
先程まで、自分が張った結界が魔族に対して、触れた魔族が消滅するという、謎の効果があった為にひたすら結界に向けて魔族を放り投げていた冒険者達も
大丈夫、自分だけじゃ無い。
ルーは大混乱にぶち込まれたのが自分だけではない事に安堵した。
*
その時、冒険者ギルド職員ラナは、私も結婚したいなぁと思った自分に恐れ戦いた。
今の光景のどこを!どのように!どんな風に感じたらそんな感想が出てくるのか!?
正気が欠片もない。
何が生涯最後の女だ。
お前ら互いに唯一だろうが。
いやしかし結婚したい。
*
その時、教会のシスター、ロングダガー一味、ロングダガー被害者の会会長、シンとエリカの友、ロングダガー家で食べる朝食が大好き、シャラ・ランスラは、口を塞がれ羽交い締めにされていた。
「ふがぁ!ふがぁ!」
暴れるシャラを押さえ込んでいたのは、ダリルだった。
何なんだこの王子は! さっきまで気絶してた癖に!
ツッコませろ! 自分にあの二人にツッコませろ!
何だ!? 何なんだ!? 何故誰もツッコまない!?
何故お前らは揃いも揃って、うわヤベぇ、みたいな顔して黙ってられるのか!?
お前ら揃いも揃って玉なしか!?
「待て! 分かる! 貴様のやりたい事は分かるが! 待て!待つのだ!」
シャラは血走った目で、羽交い締めにしてくるダリルを睨み付ける。
「常軌を逸しているが、あれぞ我が友ロングダガー、その邪魔をさせるワケにはいかぬ! ここは堪えよシスター!」
囁きほどの小さな声、だがしかし声に込められる気迫は本物だった。
お前、ロングダガーって言えば何でも許されると思ってるだろ?
良く見ろ。
お前、アレは駄目だろ。
公衆の面前でアレは駄目だろ。
見ろ、避難住民のお母さんは子供の目を塞いでるぞ。
殺し合いましょう、であんな顔だぞ?
「ふがー!ふがー!」
嗚呼!嗚呼! 神よ!砂糖が私を掴みにくるよ!
エリカがそっとシンへと顔を近づける。
羽交い締めにされたシャラは目を逸らす事すら
囁いた内容は分からなかった。
だがエリカの顔は実に雄弁だった。
畜生! だがら綺麗で可愛いはレギュレーション違反だろ! それに艶を足したら凶器だぞ!
口が使えない分、心中で全力で叫んだ。
*
その時、冒険者、“親切なバルバラ”の弟子、シン・ロングダガーの妹弟子、“串刺しエルザ”、エルザ・アーセナルは――。
限界だった。
***あとがき***
他が「殺し合いましょうで甘い空気を作るな」と思っている所
一人だけそこに疑いを持たず、公序良俗を気にするシャラさんは大分染まってるなぁと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます