第180話 その手に短剣を4

 *


 崩れた魔力が飛散するのをキッチリと確認した俺は、膝から力が抜けるのを自覚する。

 おっとマズいと体勢を整えようとするも力が入らない。


 回復魔法を何度もぶん回し、二重の身体強化を全力でぶん回し続けた。

 特に全力の身体強化の強度を維持しつつ、繊細なコントロールを維持し続けるのに大量の魔力を消費した。


 あげく最期は普通の剣を使って魔力で斬る、をやった。

 最期のは極めつけのダメ押しだった、魔力はほぼからだ。


 このままだと後頭部を強打だな、そう思いながら背中から倒れる。


「存分に無茶をさいましたね、シン」


 倒れそうになった所をエリカが支えてくれた。

 肩に置かれた手の平から伝わる熱が心地良い。


「ダンスが下手くそなのがバレてしまったかな?」


「素敵なステップでしたよ?」


 エリカが笑い、すっと遠くを見る。

 黄金の魔力エリカの視線が俺がぶった切った建物に向く。


「少し会場が狭かったようですが」


 辺境伯ホールマスターが凄い顔でこっちを見てる。

 超怖い。


 怖いが、それよりもっと恐ろしい事がある。

 疲労以外の理由で口が重い。


「エリカ」


「どうしましたか?」


 エリカの気遣うような声が心苦しい。

 もしかしたら俺は――。


「少々お待ちを」


 そう俺の言葉を遮ったエリカが、周りを静かにさせましょうと呟いたかと思うと、周囲に十数本の炎柱が建つ。

 まだ生き残っていた魔族が炎に焼かれて悲鳴を上げ絶命する。


「静かになりました」


 そうだね。

 いとも簡単におこなわれるエゲツナイ魔法に、周囲の人間が静まりかえる。


 え?俺はこんな空気の中で喋るの?

 まぁ良いか、証人が多ければエリカがこれから俺を殺すとしても、正当な理由であると照明しやすくなるだろう。


「エリカ」


 気を取り直して話しかける。


「さっきの敵は、君の敵は、ロングダガーと名乗った」


 エリカの短い沈黙が怖い。

 全てがご破算になる予感に、崩れ落ちそうになる。

「変わったご親戚ですね?」


「あぁいやね?」


 思ったのと違った反応に困る。


「もしかしたら我が家は君の敵かもしれないって話なんだけど?」


「アレが貴方の血類けつるいだとして」


 イマイチ分からない、みたいな声が聞こえてくる事が理解できない。


「貴方はアレを敵とおっしゃるのでありましょう?」


「君の敵は俺の敵だ」


 エリカが背後でせる。

 失笑しそうにでもなったのだろうか?


 貴族の次男坊が、家の都合を無視するどうこう言っているのだ。

 大貴族の娘であるエリカからすると失笑物の言動だろう。


「あー、俺はてっきりこの場で君に殺されるかと」


「何の冗談ですか。わたくしも貴方も冒険者でありましょう。家の都合なぞ……」


 エリカが言葉の先を飲み込んだ。


「すいません、わたくしが貴方に言えた義理なぞ無い言葉ですね。ソルンツァリ家は貴方の未来を奪ったも当然なのですから」


 とりあえず俺はエリカに今すぐ殺される事は無さそうだと、踏ん張っていた膝から力が抜ける。

 今日一番に死を覚悟した。


 ズルズルと体勢を崩す俺を、エリカが優しくも抱き止めてくれる。

 後頭部がエリカの膝に乗る。


 何故か周囲の人間がザワつく。


「そこまでお疲れでしたの?」


「いや、君のご実家に貰った機会を棒に振らなくて済んだと分かったら、力が抜けた」


 優しい物言いをしてくださいますね。

 そう呟いたエリカが、俺の濡れて額に張り付いた前髪をそっと指で分けてくれる。


「君にこの命を捧げる時が遂に来たかと、覚悟したよ」


「捧げるなぞ」


 エリカが俺の前髪を撫でながら笑う。


じゅんずるならともかく、捧げるは貴方らしく無いですよ」


 成る程、言われてみるとそんな気がする。

 捧げるのと殉ずるの差が良く分からんが。


「それにもし、そうですね、“もし”貴方がわたくしを殺す時、わたくしが貴方を殺す時、その時が来たならば存分に殺し合いましょう」


 間違っても冗談とは思えない真剣な声。


「互いに精根尽き果てるまで、血の一滴、魔力の一片すら残さず、何者でも無い二人で殺し合いましょう」


 誓います、シン。

 彼女の手が俺の頬を撫でる。


 背筋に言いようのない感覚が走る。


生涯しょうがい忘れ得ぬ女となってみせましょう」


 これはもうプロポーズでは?

 いや絶対にプロポーズだろ。


 一瞬、正気が飛びかける。

 あり得ぬ話だけど、家の事情で俺がどうにもならなくなった時、私に命を捧げる前にチャンスを上げましょうというエリカの優しさだ。


 正気に戻れ! 正気に戻れ俺!

 深呼吸一つ、よし落ち着いた。


「まいったな、君に勝てる未来が見えない。俺の生涯最後の女は君だな」


 よーし!良くやった俺!

 中々に良い冗談で返せたんじゃないか?


 まぁエリカは生涯“唯一”の人だが。


「貴方は……、本当にもう貴方という人は」


 エリカの顔がそっと俺に近づく。


「わたくし以外にそのような事を言ってはいけませんよ?」


 耳を撫でた炎は熱かった。



***あとがき***


地面からロングダガーが飛び出てきて叫ぶ辺境伯。

そしてこのシーン。

今回、書きたかった所はちゃんと書けたぜ!

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