第179話 その手に短剣を3

 *


 男を蹴った瞬間に、ヤバいと思った。

 すっ飛んでいった男が建物に激突して壁が崩れる。

「ロングダガぁあ!」


 魔族の返り血で顔を真っ赤に染めた辺境伯が、魔族の頭をかち割りながら恐ろしい声で叫ぶ。

 反射的に謝りそうになった所、エリカがすっと半身をずらし、俺は剣を振るった。


 例の剣より先を斬る斬撃を剣で打ち払う。

 エリカが何か言いたげに俺を見てくる。


「ゴメン、言い忘れてたけどアイツ俺と同じ事ができる」


 まったく旦那様は、とエリカが溜息を吐くように呟く。


「まぁ“見慣れて”いますので、問題は無いですが」


 エリカがそう言った瞬間に男が突っ込んだあたりが吹っ飛ぶ。

 逃しました、とエリカの呟きでエリカの魔法だと分かった。


「ロングダガぁああ!」


 辺境伯の声が超怖い。

 俺を睨む目にガチ目な殺意があるのが超怖い。


 それは兎も角として。

 一歩前に出て、人と魔族の間から飛んできた斬撃を全て打ち払う。


 地下で戦っていた時と違って随分と小賢しいというか、弱々しいというか、疲れているけど嫌がらせを出来るだけ長引かせたい、みたいな嫌らしさを感じる。

 だがその小賢しさのおかげで人が死んでいないとも言える。


 壁に出来る人間が減るのが困るから、という理由で人ごとぶった切るような真似をしないのだろう。


 さてどうしたものか?

 剣を振るいながら考えていると、エリカが背後でこうかしら? と呟いた。


「は?」


 思わず間抜けな声が出た。


「不愉快だぞ!ソルンツァリ!」


 地面から突然生えた、鉄杭に串刺しにされた男が俺達を見て叫んだ。

 思わず男から視線を外し、おそらくこの場で唯一の鉄生成魔法の使い手であるエルザを見る。


 エルザが首を横に振りながら、珍しく焦った顔をする。

 瞬間察して、それでもなお信じられなくてエリカの顔を見る。


 串刺しにされた男を見て、エリカが満足げに微笑み、小首を傾げて視線だけで問い返してくる。

 どうかしましたか? と。


 エリカじゃなかったら大声でツッコんでいた。

 エルザが、地面が崩壊しないようにと地中に作った鉄杭を、土魔法か何かで地面から射出したのだろう。


 ツッコみ所が多すぎて逆に感心する事しか出来ない。

 成る程、人は本当に理解不能な物を見ると納得するしかないんだな、そういう物だと。


 え?師匠? 地震や嵐の理屈を考える程ヒマじゃないんだよ。

 俺は片手で何でも無いとエリカに返事を返す。


 その間にも地面から飛び出してきたもう一本の鉄杭が、串刺しにされたままでも剣を振るおうとした男の腕を串刺し縫い止める。

 エルザが「エルザは遠慮が欲しいです」とボヤキながらうなり声を上げる。


「では」


 エリカがそっと手の平を俺に見せてくる。

 まるで順番を譲るように。


「最後のターンは男性踊り手リーダーにお譲り致しますわ」


「ソルンツァリ! 嗚呼嗚呼!ソルンツァリ! お前達はいつも!いつも!邪魔をして! 私が! 私が! 私からッ」


 男の頭が爆発した。


「わたくし、今はロングダガーですの」


 エリカが魔法を放った指先を、優美な所作で顎先にそえる。


「もう聞こえにならないかしら?」


 頭を無くし、それでも暴れる男を見てエリカが壮絶に笑う。

 その笑顔に、言葉に、思わずエリカ様万歳!と叫びながら突撃しそうになる。


 自分の体から蒼い炎が吹き上がるのを自覚する。


蛮族ロングダガーが来るぞ! 逃げろ!」


 ラナが叫び、串刺しになった男の周りで魔族と戦っていた騎士と冒険者が、あろうことか目の前の魔族を放り出して転がるように逃げる。

 何か酷く俺の大事な物が傷つけられているような気がする。


「ラストステップを踏む花道ですね」


 そんな良い物だろうか?

 シャラが大声で結界の強度を上げて!と悲鳴のような声を上げている。


 たぶん絶対に違う。

 まぁいいや、うん、これで良い。


 エリカが側にいて、馬鹿みたいに騒がしい連中に囲まれた道だ。

 花道ではないだろうが、実に歩き甲斐がいのある道だ。


 きっと道の端まで笑って歩けるだろう。

 俺は道の端にいる串刺しの男を見る。


 頭を無くし、それでもなお粘着質な意思を感じる、アレはこの街には居て欲しくない。


辺境伯殿からの説教カーテンコールは静かだと良いなぁ」


 俺の伝わりにくい皮肉にエリカが首を傾げる気配がする。

 俺は地面を蹴った。


 *


 俺が地面を蹴った瞬間に、背後からエルザの「遠慮ぉ~」という気の抜けた悲鳴が聞こえた。

 目の前に騎士達と冒険者達が俺から退避したせいで自由になった魔族の群れがいる。


 行きがけの駄賃、というより単純に邪魔だという理由で細切れにしていく。

 と、ついでに冒険者の誰かが落とした短剣を剣先で引っかけて拾う。


 エリカのお膳立てで相手は地面に串刺しにされている。

 外すはずがない、そう思って放った突きが男の胸に突き刺さる前に動きを止める。


「往生際が悪いなぁ!?美少女ぉ!」


 黒い魔力で出来た手が俺の剣を握っている。

 俺の魔力と男の魔力がギチギチと反発する。


 剣を握る手に、今まで感じた事のない感覚が伝わってくる。

 少しでも気を抜けば剣がすっ飛んでいきそうだ。


 反発し、弾かれた魔力の塊が周囲に飛び散って石畳と魔族を砕く。


「ほらぁ! 言った! 私言った!結界の強度上げろって言った!」


 シャラが勝ち誇ったように叫ぶ。

 くそ! 力が抜けそうになるぞ。


 抜けた分を補うように奥歯を噛みしめて、剣を押し込もうとする。

 ゴボと肉が弾ける音がする。


 男の首から顎がえてくる。

 気持ち悪いな、おい。


「さよならも言ってくれないのは寂しいな?」


「サヨウナラ死ね!」


「アッハッハ! 死ねと言われて素直に死ねと? ロングダガー! それを一番受け入れないのがロングダガー!」


 男の嬌笑きょうしょう混じりの声を無視して剣を突き入れようと全力を絞り出す、背筋に妙な感覚が走る。

 身体強化を通した石畳がたわむ。


「嫌な予感した? せいかーい。知ってた? 死ぬまで魔力を絞り出したら、この広場ぐらいは吹っ飛ばせるんだよ?」


 逃げる?逃げる? 周りにイッパイいるよ?逃げられない人がイッパイいるよ?

 からかうような男の声を無視する。


「そう言えば名前を聞いてなかったな」


「なに? 時間稼ぎ? 答えるまでは大丈夫とか?いいわ、答えてあげる!」


 仕方が無い、まるで我が子の可愛い我が儘を許す親のような声。そこに込められた悪意がよりいっそう醜悪に感じる。


「そうか」


 それに応えながら俺は剣から手を離す。

 剣が魔力に弾かれすっ飛んでいく。


「は?」


 男の意識が剣に向かったのが分かった。


「は?」


 続いて胸に刺さった短剣に意識が向くのが分かる。

 目を離すからだ、馬鹿め。


「何これ?」


 馬鹿にしてるのか? そんな男の感情が見える。

 それを無視して短剣を握る手に力を込める。


「後ろからどけぇ!」


 俺は背後の人間に向かって叫ぶ。

 辺境伯が執事の男性にタックルされて転がされる。

 なんでこんな場所に斧槍背負った執事がいるんだ?

 そんな疑問を感じつつ、俺は短剣に身体強化を通す。


 普通の剣に身体強化を通すのは久しぶりだったので、とりあえず全力で通す。


「ふざ――」


 叫ぶ男を無視して、突き刺した短剣を縦に裂くように斬り上げる。

 加減を放り投げた魔力が、背後の建物まで縦に斬り裂く。うっわ屋根までいった。


「ロングダガぁああああ!」


 耳を塞ぎたくなるような辺境伯の声が耳を打つ。

 ごめんなさい、マジでゴメンナサイ。


「嘘つき」


 男がズレる体を鉄杭で支えるようにして呟く。


「何が特別な剣よ。特別なのはやっぱりロングダガーじゃない」


 ゴッソリ魔力を使ったな、そう思いながら短剣でトドメを刺そうとしたら短剣が割れた。

 しまった武器が無い、と思った所で背後から名前を呼ばれた。


 俺の名を呼ぶ声と一緒に飛んでくる俺の剣を受け取る。


「ありがとうエリカ」


 男から視線を外さず剣を受け取った俺は、剣に身体強化を通す。

 男の、というより、それこそがこの男を操っている何かなのだろう。


 黒い魔力がグズグズと崩れていく。


「特別なのは愛の力だよ」


 剣を手で回し、順手に持ち替えながら男の間違いを訂正する。


「ロングダガーらしいね」


 魔力が崩れるのと同時に男の体が崩れる。


「名前教えてあげる」


 囁くような声に、驚くほどの情念を感じる。

 愛おしさ、それにすがらずにはいられないのだと、失った何かを懐かしむ声。


「私の名前はキョウコ・ロングダガー」


 俺は黒い魔力に剣を振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る