第176話 馬と鹿は再び昇る5
*
初手はハゲ樽に取られた。
ハゲ樽が放った槍の突きは、男の肩を掠るような軌道で頭部を捉えるかと思ったが。
男は非人間じみた動きでその槍を避けた。
ハゲ樽が反撃を予想して素早く槍を引き戻す。
そこにダリルが雄叫びを上げながら、実に素直に上段から剣を振り下ろす。
俺はそれを十歩ほど遅れて見る事になった。
完全に出遅れたので、慌てて突っ込むよりかは少し後ろで様子見する事にしたからだ。
出遅れたのは歯軋りする程くやしいが、冷静な自分を褒めてやる。
ほら、おかげで馬鹿をキャッチできる。
素直に上段から斬りかかったダリルが、その腕を掴まれて放り投げられる。
あんな素直に上段から斬りかかるからだ、馬鹿め。
俺はそう思いながら真正面に飛んできたダリルを片手で掴む。
飛んできた勢いをそのまま回転に変えて、右脚を軸に半回転。
ダリルをそのまま男に投げ返す。
「なんとぉ!」
ダリルが叫びながら飛んでいく、なんでお前はイチイチ面白いんだ。
男が実にアッサリとダリルを避ける。
だが十分だ。
ハゲ樽が男の胴体に向けて突きを放つ。
槍のケツで爆発魔法を使って速度と威力を稼いでいる。
器用な、と思う前にその爆発魔法で直接攻撃した方が良いのでは? と思ってしまう。
だが威力は十分だった。
男の右脇腹が大きく吹き飛ぶ。
吹き飛んだ脇腹の穴から、水面の花を撒き散らしながら転がるダリルの姿が見える。
俺はそれを男の正面で、膝を曲げ、突きの構えを取った状態で見た。
男の無表情な顔が俺に向く。
迎撃の為に振り上げた右腕。
お? どうした? 上半身がフラついてるぞ?
脇腹がゴッソリ無くなった状態ではバランスが取りづらいか?
分かるよ、俺も経験あるから。
「死ね!」
死ねと叫びながらふと疑問に思う。
コイツは死ぬんだろうか? と。
自分の剣から、蒼い炎が噴き出す。
自分の思考が、自分の殺意から随分と遅れている事を自覚する。
まぁ良い。
死ね。
俺は男の顔面に向け突きを――その背後に浮かぶ黒い魔力の塊に向けて突きを放った。
「見えていたの!?ロングダガー!」
仰け反るように俺の突きを避けた男が、初めてその声に焦りの感情を乗せる。
あとロングダガーを、うわとか嘘でしょ、みたいな感じに使うな。
魔力の塊が突きから逃れるように離れる。
「逃げんな!」
「美少女は逃げる物なんだよぉ!」
間合いから逃れられた、その安堵からか男が軽口を叩く。
油断だな。
魔力の塊を追って、空中に浮いた俺の足を男の右手が掴む。
その感触を無視して俺は空中で二度目の突きを放つ。
魔力を温存する為に、剣より先に斬る、という手札を使わなかった事が功を奏した。
俺の目には、薄青い魔力の線に見える。
エリカ
魔力それ自体が魔法となる現象、本来コントロールできないそれを、己の意思によってねじ伏せる事で可能なそれ。
刃となった俺の魔力が、黒い魔力を穿った。
俺の足を掴んだ男の手から力が抜ける。
ぐらりと上半身を揺らす男が言った。
「やっぱりロングダガーおにいちゃんだなぁ」
俺はその顔を踏み潰すように蹴り飛ばす。
男が水面に仰向けに倒れる。
蹴りの反動を使って空中で体勢を整える。
魔力の塊が男の体に“入る”のが見える。
「中に入ったぞ!」
「おぉおお!」
ダリルが俺と入れ替わりに倒れた男の胸に剣を突き立て、ハゲ樽が槍のケツで爆発五連。
男の上半身の右半分が殆ど吹き飛ぶ。
望み通り縦だ。
剣を下段に構える。
さっきとは立場が逆だな。
俺は地面にピン留めされた男を見て思う。
死に体の男に俺は攻撃が通る事を確信する。
男が水面から首だけ持ち上げて俺を見る。
相変わらず無表情で感情が読めない。
なので、そいつが「アハ」と笑った瞬間、俺は叫ぶのに躊躇しなかった。
「全力防御!」
ハゲ樽が「気合い!」と叫んで身を丸め、ダリルが「聖王子大障壁!」と叫んで結界で身を守る。
せめて少しでも盾になるように、俺は剣の腹を左手首で支えるように構えた。
瞬間、空気が弾けるような音と共に衝撃に襲われる。
まるで見えない巨大な壁に押されるように、通路際まで押し込まれる。
靴の裏に押しつけられる通路の端を感じる、鼓膜が破け、炎なぞどこにも無いのに空気が煮えるように熱くなる。
二つある通路の出口が衝撃で崩れ、天井が壊れなかった幸運に感謝する。
身体強化された目が周囲の水面がボコボコと泡立つのを映す。
水面を覆う花は狂ったように真っ赤に染まり、咲いては枯れるをデタラメに繰り返す。
圧力は一呼吸以下の時間で過ぎ去ったが、その威力は牽制でポンだしの癖に破格だろう。
三足程離れた場所でハゲ樽が防御態勢をとく。
身につけている装備が一部焦げている。
俺と違って身に纏っている装備にまで身体強化を通せないからだろう。
「敵ながらあっぱれな気合いだな」
そう呟くハゲ樽の顔には、ノールジュエンの親戚と違って眉毛が揃っていた。あと頭部の数少ない毛も無事だった。
代わりに、フン、と鼻から息を吐いた瞬間に燃えて粉になった鼻毛が飛んでいたが。
さて、ダリルは?
と思って視界を走らせたら、足下でうつむけで水面に沈んでいた。
慌てて引き上げる。
「おぉ我が友よ、すまぬ」
火傷で顔を赤く腫らしたイケメンが礼を言ってくる。
ちょっと
「内臓をやられた、何だアレは? 結界が殆ど役に立たなかったぞ。すまぬが回復に時間が掛かる」
ダリルは手早く必要な事だけを俺に伝えてくると回復魔法に集中しだした。
俺はダリルを通路に降ろすと自分の体を確認する。
偶然だが、身体強化で耐える、というのが防御としては正解だったようだ、殆ど無傷だ。
まぁ防御結界なんて魔法は使えないんだけどね。
痛いのは気合いで我慢、これでだいたい何でも解決できる。
問題は長時間連続して使い続ける、一歩先まで踏み込んでしまっている身体強化だ。
それを全力を出しながら、水場ですっころんで死なない程度に制御するという、意味の分からない制御をしているせいで魔力の消費が激しい。
だが体と心は元気いっぱいである、エリカの敵は死すべし。
「おい、坊主。アレはまだ生きてるぞ」
ハゲ樽の落ち着いた声。
「嫌になるな、ちょっと本当に生きてるかその槍でツンツンして確かめてくれよハゲ樽」
「馬鹿言え、そういうのは全身から蒼い火をバフンバフンさせてる若い奴の仕事なんだよ」
ハゲ樽の返事に、そう思った所で男が立ち上がった。
王子が突き刺した剣が胸に刺さり、ハゲ樽の槍で半身が穴だらけだったが、それは確かにまだ生きていた。
まばたき二、三回の間にみるみる傷口が塞がっていく。
竜種かお前は。
「上手くいかないとイライラしない?」
実に軽い感じに投げかけられる言葉が含む殺意の量に、一瞬だけ鼻白む。
無造作に胸から引き抜かれた剣が、水面を叩く。
まずったな、剣を取り戻されてしまった。
ダリルとハゲ樽は見えないから、アレを避けるのは至難だぞ。
「ロングダガーは何なの? 目茶苦茶やっても良いと思ってるの? ロングダガーだったら何でもありだと思ってない?」
ぷかぷか浮かんでるお前に言われたくない。
「本当に……本当に目茶苦茶だわ」
気が付けば男の声は妙齢女性の声、と言っても良いものになっていた。
先程まであった甘さのような物が声から抜けている。
「でもこういうのも怪我の功名って言うのかしら?」
男がこちらの存在を無視するかのような、無思慮な仕草で天井を見上げる。
「こちらの妨害が途切れたせいか、相手も油断しちゃったのね」
意味ありげな言葉をベラベラと。
「貴方たちのせいで、この体も限界だったから、もう遊びも終わりかなって思ったんだけど」
男が俺の顔を見る。
その顔に初めて人間らしい表情が浮かぶ。
引き攣ったような笑み。
「見つけたわ」
何を見つけたのか? 考えるまでもなく、声を聞いた瞬間に斬りかかりそうになった。
踏み止まったのは、男の手に魔力塊が見えたからだ。
手に触れそうな程の高密度の魔力塊に、ソルンツァリの秘技を思い出す。
この近距離でアレをどうにかできるのか?
ぐるんぐるん回る思考に足が止まる。
「それじゃあ、さようなら、ロングダガー」
反射的にすっころぶ危険を無視する。
俺の体から蒼い炎が吹き上がるのと、男の体から黒い炎が吹き上がるタイミングが期せずして重なる。
何が来てもぶった切ってやる。
覚悟だ、覚悟と気合いがあれば八割方の事はどうにかなるのだ。
そして俺はエリカの名前を叫べば、残りの二割もどうにか出来る。
つまり十割だ。
よっしゃ来い。
俺が口を“え”の形にして覚悟を決めていると予想外の事が起きた。
男の剣が天井に向く。
……はい?
黒いくせに目が灼けそうな強烈な閃光が走る。
冗談みたいな量の魔力が天井にぶち当たる。
轟音と暴風と閃光。
天井に向かって飛ぶ男に向かって、お前の方が目茶苦茶じゃねーかと。
そう叫ぼうとしたら、背後から飛んできたダリルと激突して舌を噛んだ。
*
子供の
原理は簡単だ、用意するのは筒と適当な太さの棒、それだけだ。
後は諸事情で食えない芋を適当な太さに切って、筒の両端で突き刺して筒に詰め、筒に詰まった芋の欠片を棒で押してやるのだ。
そんでもって空気に押し出された芋がポンっと飛び出すのを楽しむのだ。
楽しくなって、食べられる芋まで弾にして、母親に怒られるまでがワンセットみたいな玩具だ。
ファルタールの子供はこの玩具で、空気は押せるし、食べ物を粗末にしたら母親に怒られると学ぶのだ。
そして俺は今、芋の気持ち学んでいる。
*
男のやった事は馬鹿馬鹿しい程に単純だ。
天井をくり抜き、俺にやっていたように、それを魔力でぶん殴ったのだ。
魔力その物が物理的な効果を発揮する、というのは珍しい現象ではない。
爆発魔法なんかを結界にぶち当てたら、鼓膜を凹ませる程度の魔力波が発生するし、レイニバティの五番が発する魔力波は、体に触れればそれと分かるだけの圧がある。
だがそれを人の身でやるのは至難だ。
自分が魔力で物を斬る、という事をやっておいてなんだが。
普通は出来る事ではないのだ。
天才レイニバティが、狂気じみた願望を実現させる為に作った魔道具、それでさえ風に吹かれた程度でしか無い。
魔法という現象になっていない魔力。
それは本来なら何物にも干渉できない、そういう物であるのだ。
それをあの男は、地上までどれだけの距離があるのか分からないが。
それを魔力で吹き飛ばしたのだ。
単純にして、出鱈目に過ぎる。
「ダリル!気絶すんな!」
俺は背後から激突してきたダリルを脇に抱えながら怒鳴った。
大量の水と一緒に、男の開けたドームの穴に吸い込まれる。
簡単な現象だ。
空気で押せるのなら、逆に引っ張る事も出来る。
空気が芋を押し出せるのなら、空気で芋を引っ張る事も出来る。
つまり芋とは俺であり、ダリルであり、ハゲ樽であり、この大量の水である。
男を追う為に迷わず穴に飛び込んだ俺を褒めてやりたい。
そして躊躇無く付いてきたハゲ樽を賞賛したい。
絶対にお前はホウランと同じ血統だろうと確信する。
ハゲ樽が水中でゴボゴボと何かを叫んでいるが、間違いなく気合いか気合いの二択だ。
いや、一択か。
大量の水に翻弄されながら、穴の側面を蹴り上がる。
俺にエリカの敵だと告げておいて、逃げられると思うなよ。
地の果てまでも追いかけて殺す。
絶対殺す、途中で追いついても殺す。
絶対殺す!
視界が急に明るくなる。
穴の側面が無くなった代わりに、水を全力で蹴る。 久しぶりに太陽を見た気持ちになった。
肺に空気を取り込み、
俺は叫んだ。
「お前はここで死ね!殺す!」
***あとがき***
いつもコメント、イイね、評価、ありがとうございます。
来週から二週間ほど、仕事が忙しくなります。
今章も佳境に入っているタイミングなのですが、更新が二週間ほど止まります。
やっとで男臭い話からヒロイン登場になる所で、ホントにすいません。
作者も砂糖と辺境伯とシャラの叫び声が早く聞きたいです。
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