第175話 馬と鹿は再び昇る4

 *


 絶対に耐えて殺してやる、と思う俺と、無表情なのに俺を殺す気満々な事が分かる男。

 フル回転させる回復魔法と全身全霊の身体強化で、吐く呼気すら蒼く燃え上がる。


 水面を覆い尽くす花は互いの魔力に反応し、血のように赤く染まる中、そいつは文字通り飛んできた。

 あろうことか大声で叫びながら。


「天空王子一文字拳!」


 意味が分からない。

 叫ぶ言葉の意味も、大声を上げて奇襲を自ら台無しにする事も。


 なにより、右腕を前に突きだし、叫んだ言葉の通り全身を槍のように一文字にし、エルザの投げる鉄杭のごとき速度で飛んでくる王子という存在が意味不明すぎる。

 ほら見ろ。


 男が、黒い魔力が、あまりの意味不明さに、奇襲に気が付きつつも呆然とする。

 真っ直ぐに飛んでくる王子を視界に捉えつつも、まともに攻撃を食らったのは余りのアホさに思考がトンだからだろう。


 凄いぞ、ダリル。

 お前のアホさは、殺す気満々の、人間なのかどうかも分からない奴を忘我させる程のアホだぞ。


「大丈夫か、我が生涯の友よ」


 重い重い。

 もはや何からツッコめば良いのか?


 突然飛んできた事にか?

 それとも地面にピン留めされてる人間に大丈夫かと問う事の是非か?


 理解できない事態に口から出たのは、お前は最高にアホだろ、という賞賛に近い疑問だけだった。

 アホが賞賛になるのは“相当”だぞ王子。


 ダリルの奇襲をまともに受けた男が、もんどり打ちながら水面を転がり吹っ飛んでいくのを唖然としながら見送る。

 ちょっと相当なアホさに憧れそうになって慌てて首を横に振る。


「大丈夫か?坊主」


 なので、かけられた声に応えるのに少し遅れた。


「誰が坊主だ」


 ダリルから一呼吸遅れて現れた槍を背負った男は、俺の返事を無視して無造作に俺の左胸に刺さった剣を引き抜いた。

 抜いて大丈夫か? という意味だったのだろうか?


 口から出かかる悲鳴を奥歯で噛み殺しながら、だったら言葉を端折るなと思う。

 直感で分かる、この二人の前で悲鳴を上げるのはクソダサいと。


 ダリルはアホと言われたと凹んでいるが無視する。

 褒めてやったというのに、相変わらず物の道理が分からん奴だ。


「助かった」


 ズレた胸骨を叩いて平らにしながら立ち上がる。

 若干、声がゴボゴボしてたが伝わるだろう。


 それでアンタは誰なんだ?

 そう問おうとして俺は首を傾げそうになる。


 何故か男を知っているような気がしたからだ。

 俺の知り合いにこんな、筋骨隆々で脂肪ではなく筋肉でパツンパツンな樽みたいな体型のハゲは居なかったはずだ。


 稲妻のようにひらめきが走る。


「まさかハゲ樽?」


 ハゲ樽――冒険者ギルドの長が笑った。


「なんだ俺を知っているのかロングダガー」


「名前だけは」


 そう答えながら、ハゲ樽は名前になるのだろうかと首を傾げそうになる。

 やっとで動くようになった右腕の感覚を確かめながら眉を顰める。


「そっちこそ俺だと知っていたら坊主は止めろ」


 俺の文句にハゲ樽が、実に冒険者らしい気合いの入った文句だ、と満足げに頷く。

 間違いない、絶対にコイツはギルド長ハゲ樽だ。


 物事の大半を気合いの一言で済ませようとする馬鹿のおさだ。


「おい!貴様! どういう事だ!?貴様の言うとおりにやったのに我が友にアホ呼ばわりされたぞ!?」


 そこにダリルが男に食って掛かる。

 あの、王子の奇襲という名の奇態はハゲ樽のせいだったのか。


 どうやったのかと疑問だったが答えが分かった。

 王子を槍代わりにハゲ樽が投げたのか。


 俺は王子の奇襲により手に入れた貴重な時間を使って回復魔法をぶん回す。

 想像以上にダメージが多い。


 肘から先が生身の左腕なんてグチャグチャだ。

 他にも真面目に数えだしたら日が暮れそうな程にダメージを負っている。


 膝の震えが収まらない。

 今すぐに、あの黒ずくめの男に追撃を入れに行きたいが諦めるしかないだろう。


 まぁ良い、仕切り直しだ。


「やはり技名を叫ぶというのはマズかったのではないか!? だから俺は言ったであろう、奇襲で叫ぶのはどうかしてると」


「本当に助けを呼んで戻ってきた時点で褒めてやるから集中しろ」


「ハゲ樽よ!褒めてつかわす!」


 忙しい奴だ。

 騒がしいダリルを黙らせてから、喉に残った血を吐き出しながら思う。


 俺が珍しく貴族ムーブをして逃がしたというのに、本当に助けを連れて帰ってくるとは、本当に馬鹿な奴だ。

 まともに動くようになった左腕の感触に満足しながら俺は確認する。


「ところでお前らは、あの黒いのが見えるか?」


 色々と訊きたい事はあるが、時間が無いので直球で本題に行く。俺は吹き飛んだ黒い男を指さして問う。

 ほぼ対岸付近で転がっている男は相変わらず黒い魔力に包まれている。


 ピクリとも動かないが、間違いなく生きている。

 男の周囲の花が真っ赤に染まっている。


「黒いの?」


 そう呟くダリルとハゲ樽の顔で分かった。

 なるほど、あの黒いのは俺の蒼い炎と違って目には見えないのか。


 よし、今後の方針が決まった。

 二人には体の方を相手してもらおう。


「アイツ、たぶん本体じゃない」


「頭でも打ったか?坊主」


「さっきシコタマ頭をぶつけたよハゲ樽」


「では正気か。続けろ」


 ハゲ樽の言葉に目眩を起こしそうになる。


「俺には黒いのが見えてる、そっちが本体だ。俺がそれを仕留める」


 今すぐ両目をぐるりと回して、お前はアホだろ、と言いたいのを我慢して話を続ける。

 何でもかんでも気合いでどうにかなると考える連中はこれだから駄目なのだ。


 ちなみに俺はエリカの名前を叫べば何でも出来ると思う。


「成る程、つまり我が友は我らに敵の体の方を抑えろと言っているのだな?」


 ダリル王子の理解力に感動しそうになる。

 ハゲ樽と並んでいると、眩いばかりのまともさに思える。


 いや駄目だ。

 あの黒い男の前に戻ってきてる時点でまともじゃない。大人しく逃げろよ馬鹿。


 ダリルの問いに、その通りだと肯定を返そうとした所で黒い男が立ち上がった。

 もうちょっと寝てろよ。


 そう思いながら俺の胸に刺さっていた剣を爪先で拾い上げて王子に渡す。

 反射的に受け取った王子が変な顔をする。


「なんだ?丸腰で戦うつもりか?」


「いや、刺さってた……いやい」


 ロングソードなのが不満なのだろう。

 王子の変顔をそう解釈していると黒い男が不満げな声を上げる。


「分かってるんだけど」


 少女の声、だった物が女性と言っても良い声に変わっている。


「似てると駄目ね、咄嗟だとつい手を止めちゃった」


「随分と可愛い声だな」


 ハゲ樽が呟く。

 この状況でその感想が出てくるのが恐ろしい。


 誰が誰に似てるのか? とか他にあるだろうと思う。

 ダリルですら初見では男のなりで少女の声とは面妖な、とか言ってたぞ。


 俺は左手で口元を隠して言う。


「最初は俺も男の方に攻撃を仕掛ける」


 身体強化を使ってかつ、側にいないと聞き取れないような小声で話す。


「隙を見て本体を叩くから、合わせてくれ」


 この二人と息を合わせて攻撃とか出来るのか?という疑問は投げ捨てる。

 賭けても良い、そんなもん無理だ。

 所謂、愚問という奴だ。


「あと見えない攻撃をしてくる。足下の花が赤くなるからそれで軌道を読んでくれ」


 俺の説明に王子が唸り。

 ハゲ樽が実に朗らかに言った。


「要は気合いか」


「ハゲ樽、あんたノールジュエンに親戚いないか?」


「甥がいるが?」


 成る程、既視感の塊の正体はこれか。

 ノールジュエンで共闘した冒険者ホウランを思い出していると、焦れたような声が飛んでくる。


 証拠は無いが確信できる事ってのもあるのだ。


「男同士の内緒話は終わったかなぁ?」


 待っててくれたのか。

 存外良い奴なのかも知れない、殺すが。


「待たせたか?悪いな、お前の首をねる方法を相談してたんだ。縦と横どっちがいい?」


「縦の方が情熱的で好きかな」


 じゃあ縦に裂いてやるよ。

 俺がそう煽り返してから突っ込もう、等と考えていたらハゲ樽が突っ込んだ。


 声かけ無しのノーモーションでの突進だった。

 目配せも、それらしい合図も無かった。


 嘘だろお前。

 四歩先を行くハゲ樽の背中を見て唖然とする。


「王族ダッシュ!」


 更には驚くべき事に、王子が知性をぶん投げた意味不明な言葉を吐きながら走り出す。

 ハゲ樽が五歩先、王子が一歩半先、あり得ない。

 こいつらに遅れを取るなぞあってはならない。


「このタイミングで仲間ハズレは酷くない!?」


 変な本音が出た。


***あとがき***


受賞記念で連日投稿

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