第174話 馬と鹿は再び昇る3
*
なんなんだコイツは!
全力の五連撃全てを剣で防がれて心中で叫びそうになる。
目茶苦茶だ。
目茶苦茶だぞコイツの体の使い方。
どうやって俺の剣を受けてるんだ?
自慢では無く単純に疑問だ。
極論だが、人間が何かを
だから人は腰を落とし、両足に掛かる体重を調整し――つまりは“構える”のだ。
なのに何だコイツは?
脇腹に向けて放った横薙ぎの一撃を、棒立ちの状態で、自分の剣が届けば良いと言いたげな、右腕だけ無理矢理伸ばしたような、目茶苦茶な体勢で俺の剣を受けている。
防御ごと胴体を真っ二つにしてやる、そう思って振った一撃を防がれた俺は、目の前の理不尽に悪態が出そうになる。
つまり何か?俺の剣は手首の力だけで防がれたのか?
「化け物かよ」
「君に言われたくないなぁ」
律儀に相手が俺のぼやきに応えてくれる。
やべぇちょっと好きになりそう、でも死ね。
剣と剣が激突した際に発生した魔力波で、赤く変色する花の波が端に到達する前に、追撃を入れる。
右、上――、相手の頭部に向けて殺す気の二連。
相変わらず冗談みたいな動きで剣が防がれる。
だが問題ない。
師匠曰く、上、上、下は必殺のコンボだ。
つまり俺の本命は下段蹴りだ。
相手の両足をへし折ってやる。
万が一にも相手の剣が差し込まれないようにと全速全力で蹴りを放った俺は、その異様な感触に
「はあ?」
その動きは何なのだと、思わず口から変な声がでる。
まるで……そう、まるで糸で吊された人形の下半身を指で弾いたみたいな動きで俺の蹴りが流される。
いや違う。
背筋を走る悪寒に本能のままに剣を構える。
振り下ろされた剣を受ける。
ふざけた体勢からの、異常な重さにぞっとする。
流されたんじゃない。
へそを中心に風で
最初からコイツの足は体重なんて支えてない。
「浮いてるとか
上段からの振り下ろしを防いだ結果、見上げる形になった。
エリカの敵に見下ろされるという状況に血反吐を吐きそうになる。
「それはこちらの台詞だよロングダガー。どうやって私の剣を受けて無事なのかな?本来なら剣ごと真っ二つだよ?ロングダガーだからと言って何でも出来るわけじゃないんだよ?」
王子にしろ、コイツにしろ、お前らの言うロングダガーの意味が万能すぎて意味が分からん。
「剣のおかげだろうな、作った奴に礼でも言っておくよ」
「計画は邪魔されてばっかりだし、ロングダガーは私に優しくないし、全身から炎をバフンバフンしながら襲いかかってくるし」
剣を押し込もうとする重さが増す。
不味いと思ったが動けない。
「不愉快」
下半身が体重を支えないで良いのなら、足は腕の代わりになる。
蹴りと言うには雑過ぎる、自分の
頭狙いとは温情だな、師匠なら足を折りにくるぞ、そんでもってバランスを崩した所で真っ二つだ、やっぱりお前素人だな。
ダッ!
「シャおらぁ!」
気合いの声と共に相手の脛を頭突きで迎え撃つ。
額に感じる相手の脛がへし折れる感触に満足する。クラクラするが。
「デタラメが過ぎない?」
相変わらず声だけは感情豊かだ。
「知らなかったのか?」
無表情な顔が傾げる。
「首の筋肉は、足の筋肉の二倍の力があるんだぞ」
足は腕の三倍の力がある、それの二倍、つまり頭突きは腕の六倍の威力である。
「え?違うけど?」
少女の純粋に戸惑う声に真実味を感じてしまう。
「そうなの?」
思わず尋ね返した俺に返事が返ってくる。
「うん」
ただし返事は左脇腹への蹴りとセットだった。
畜生!師匠に騙された!
石畳みたいな堅さになった水面で顔面を二度打ってから剣を突き立て勢いを殺す。
砕けた顎のせいで開きっぱなしになった口からダラダラと血が流れでる。
エリカには見せられない間抜け面だ。
男が――じゃない、とびきりの美少女だったか――いやなんで俺が敵の性自認を気にしなけりゃならんのだ。
男が水面を滑るように向かってくる。
両足が動かないどころか、水の抵抗に負けて後ろに流れている所がデタラメすぎる。
十足程の距離で男が剣を振るう。
迫る魔力の線に反射的に剣を振るう。
剣を弾いたような感触に首を傾げそうになる。
てっきりオーガナイトや、ドラゴンブレスを弾いた時のようなへし折る感触かと思ったのだ。
ああ、クソ。回復魔法のおかげで噛み合った奥歯で愚痴を噛み殺す。
相手の攻撃の正体がやっと分かった。
これは俺の遠くを斬るのと同じやつだ。
そうか俺のあの剣は、切れ味だけなら師匠の攻撃と並び立てるのか。
それを自分の体で確認するのは一度で御免被るが!
俺は続く三本の飛んでくる斬撃を弾くと、体勢を立て直し気持ち悪い動きで突進してくる男を迎え撃つ。
足下の水が無ければこちらから攻撃をしかけるのだが、加減を間違えてすっ転べばそれで終了である。
先程は咄嗟に全力で突っ込んでしまったが、あの動きを常時できると自惚れられない。
男がデタラメな構え、デタラメな剣筋で襲いかかってくる。
簡単に防げる。
「随分とヌルいなあ!おい!」
そんなんじゃエリカには一太刀すら届かないぞと、つい煽ってしまう。
煽るついでに男の剣を流して肩から体当たりする。
密着する形になるのでお互い剣は使えない。
が頭は使える。
相手の鼻を額で潰し、左手で相手の手首を極める。
密着し蹴りを封じ、手首を極める事で剣を封じ、空いた右手で剣の
男の顔面が無表情のまま壊れる。
王子に短剣を渡したのが悔やまれる。
滅多刺しに出来たのに。
そう思った瞬間、半壊した男の顔が笑う。
嫌な予感を感じたと認識する間もなく胸に衝撃が走る。
何が起きたか分からないまま背中から壁に激突、痛みよりも何をされた分からない混乱の方が勝る。
ヤバいと、地面にケツが落ちた瞬間に何も考えず本能だけで身を捩る。
左胸に氷を差し込まれた感覚。
「頭を狙わないなんて、随分と優しいんだな?」
左胸を貫通した剣を見て男に言う。
「素人だと頭を狙って攻撃するのは難しいって、昔教えてくれた人がいたんだ。心臓は移動したりしないから狙いやすいって」
「成る程、覚えておくよ」
応えながらマズ過ぎる状況に打開策を考えまくる。
世に多くある格闘技の試合、その勝ち負けに地面に転んだ時点で負けとなるルールのなんと多いことか。
つまり俺は今、完全に
なんせ転んでいるどころか、剣で上半身をピン留めされている。
なんだこれ詰んでるだろ。
距離を取られて魔法で攻撃されたらどこまで耐えられる?
無理だな、それは死ぬ。
俺は覚悟を決めた。
「降参するなら殺さないよ?ロングダガーには優しくするって決めてるんだ」
勝ちを確信した余裕が声に見える。
相変わらず顔は無表情だが声は雄弁だな。
俺は男の右手を掴む。
男が握る剣の柄ごと握りつぶすつもりで力を込めるが相手の余裕は変わらない。
「寝言は寝て言えよ無表情野郎!」
片肺で許されるだけの大声を上げて、刺さったままの剣が自分の体を裂くのを無視して上半身を引き上げる。
胸骨が剣に引っ掛かって胸の中で小刻みに跳ねる。
「美少女だよぉ、ロングダガー!」
助言に従って、というよりも単純に届きそうに無かったので相手の胸を狙った突きは男の心臓を確かに潰した。
柄が胸に引っ掛かる感触を感じながら剣を腕ごと捻る。
相手の胸骨が割れる感触を感じながら、俺は身を引き、左手を離し精一杯の防御態勢を取る。
それしか出来る事が無かったからだ。
「クソが、そっちかよ」
俺は迫る黒い魔力の塊に、自分の失敗を
――衝撃。
魔力で殴られた。
魔法でも、スキルでもなく。
単純に魔力で殴られた。
俺と同じ剣、つまり魔力で物を斬るという事が出来るのなら、魔力で殴れる奴もそりゃいるだろう。
いるのだろうが、これは正直“キツい”。
「なんだそりゃ化け物か」
せめてもの時間稼ぎにならないかと愚痴ってみたが、無駄だった。追撃の為の黒い魔力をぼやけた視界で確認する。
ダメージが大きい、左腕は暫く使い物にならない、剣は握っているが腕が動かん、頭を強打したせいか視界が定まらない。
「ロングダガーに化け物って呼ばれると傷つくなぁ!」
どいつもこいつも、ロングダガーを何だと思ってるんだ?
かろうじて動く両足を引き寄せ体を丸くする。
迫る魔力の塊に覚悟を決める。
次は絶対“そっち”にぶち込んでやるからな。
男は勝利を確信し、俺は俺で大人しく死んでやる気なぞ無かった。
軋む程に噛みしめた奥歯は、死んでたまるかと俺に場違いな笑顔を作らせる。
だからだろう。
俺はとても素直な気持ちで言った。
「お前、最高にアホだろ?」
ダリル王子の拳が男の顔面を捉えた。
***あとがき***
えーまずは一言。
作者、やってやりました!
いつも、コメント、イイね、フォロー、評価ありがとうございます。
作者のモチベーションの源泉となっております。
近況ノートにも書かせて頂きましたが、このたび、「追放された侯爵令嬢と行く冒険者生活」がカクヨムコンで
異世界ファンタジー部門の特別賞
Comic Walker 漫画賞異世界ファンタジー部門
を受賞いたしました。
カクコンの制度上、まずは読者選考を突破しなければ土俵にも立てないので
この受賞は間違いなく読者の皆様の応援のおかげです。
ここに深く感謝申し上げるとともに、やってやったぜ俺と自分を褒めようと思います。
やってやったぜ!イイィイイヤッホオオイ!
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