第167話 馬と鹿の蹄は固い5

 *


「ロングダガーに過ぎる」


 膝に手を突いた王子が信じられない、みたいな感じで言う、王子の中でロングダガーの使い方が万能過ぎる。

 その姿は返り血に塗れ、至近しきんで魔法を使ったせいで服は所々焼け、まるで敗残兵か何かのようであった。


 俺が渡した短剣は早々に折れ、その後は素手と魔法で戦っていたので当然の結果だろう。

 途中から前衛も後衛も無くなり、横に並ぶような形で戦っていたので俺も似たような感じだ。


 あの野郎、途中から俺の至近で爆発する魔法をぶっ放すのに躊躇しなくなったからな。

 俺と王子は血の匂いで充満する下水道で失った魔力を回復させようと深い呼吸を繰り返す。


「死体が残るとはつくづく不愉快な連中だ」


 王子が浄化魔法で汚れを飛ばしなが忌々しげに周囲を確認する。

 戦いの最中で魔石灯が幾つか壊れたので闇は濃くなっているが、そこらに転がる死体を確認するのに苦労はない。


「シン……こいつらは」


 同じく浄化魔法でのりのように固まりだした返り血を飛ばしていた俺に、王子が言葉少なに問いかけてくる。


「たぶん、思っている通りだよ」


 俺は王子の疑問を肯定する。

 地上で人間が突然魔族になるのを見ているのだ。


 ここでそれを否定した所で滑稽だろう。

 この何十と屍を晒している魔族どもは、ほぼ間違いなく元人間だ。


 今更だ。

 今更の話だ。


 剣帯の緩みを直し、鞘の位置を直し、俺は前を向く。

 元々そういう職業貴族の生まれだ。


 貴族なんてのはたまさか先祖のおかげで手に入れた地位にあぐらをかいて、平民の生き血を啜るクソなのだ。

 自分の手でそれをやったからと後悔出来る程にお気楽には出来ていない。


「そうであるか」


 そう応える王子の顔を確かめてやる気にもなれない。

 嗚呼、くそ、今すぐエリカに会いたい。


 くだらない話をしたい。

 エリカとお茶を飲みたい。


「人として死ねぬとは、なんとも哀れな事よな」


 その声から感情はうかがえない。 

 後悔か?罪悪感か?


 それとも、もっと別の何かか?


「祈るか?」


 待っててやれないが。

 そう続けようとした言葉は明確な怒りの声で遮られた。


「みくびるなよ、シン。我がロングダガー故に許してやろう、だが二度はない」


 成る程、お前は知っている側か。

 俺は故郷の親父殿を思い出す。


 法の穴を利用したちょっとした節税。

 親父殿はその修正をする事になって一時期ずっと難しい顔をしていた。


 母に対する朝のダダ甘い挨拶すら忘れるくらいだったので、親父殿は相当に悩んでいたのだろう。

 母が悲しい顔をするものだから、俺はたまらず親父殿に尋ねたのだ。


 不正を正す事に何故そんなに悩むのですか? と。

 親父殿はまだ学園に通ってすらいなかった俺にどう説明した物かと悩んだあげく、実にストレートに俺に教えてくれた。


 私は今から人を殺すのだと。

 私が法の穴を塞いだ所で増える税金はたかが知れている。


 だが、そのたかが知れている税金で死ぬ弱者は間違いなくいるのだ。

 いや、そこまでの弱者はもしかしたらいないかもしれない。


 だがそういう事ではないのだ。

 我ら貴族が何かを決める時、その選択肢の反対側には必ず誰かがいるのだ。


 それに自覚的であらねば、我らはただの貴族という名のクソだ。

 そう教えてくれた親父殿の顔は良く覚えている。


 今の王子のような顔だ。


「そうか、御寛恕ごかんじょ痛み入るよ」


 貴族であるならば、無自覚であれ自覚的であれ、人を殺す。

 それでも、貴族とはそういう物なのだと自覚的であるならば多少はマシなクソになる。


 王子はどうやらマシな方のクソであるらしい。


「謝罪に一つ約束してやるよ」


 視線だけで問い返してくる王子に俺は言う。


「必ず地上まで連れて帰ってやるよ、ダリル」


 そうか、と呆けた様に応える王子を置いて俺は歩きだす。

 少しサービスしすぎたかもしれない。


「ふむ、それに疑いをもった事はないが……」


 遅れて後を追ってくる王子が叫ぶ。


「名前! 貴様! 今俺の名を呼んだか!?」


 ああーもう!

 お前ホントそういう所だぞ!


 俺は王子を無視して歩く速度を上げる。


***あとがき***

いや、なんかこうね?

男同士でね、名前を気兼ねなく呼び合える瞬間ってあるんですよ。

あだ名とか、あだ名になってる本名とかじゃなくてね、相手の名前を呼びたいってなる瞬間が。

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