第164話 馬と鹿の蹄は固い2

 *


 何が幸いするか分からんもんだな。

 マキコマルクロー辺境伯、コムサス・ドートウィルは手早く具足ぐそくを身に纏いながら溜息を吐く。


 妻の名前を叫びながら走り回る馬鹿の対応に、出せるだけの騎士を出した事が被害を抑える事に繋がるとは……。

 やはり慎重さは全てに優先する。


 鎧を着終えたコムサスは執事から剣を受け取ると思わず片眉を上げた。

 執事が昔使っていた馬鹿みたいにデカい斧槍を肩に担いでいたからだ。


「私は前線で指揮をとるぞ?」


「そうであるからですが?」


 こいつ主人を馬鹿を見る目で見てきたぞ。

 今のは絶対に俺の方が常識的なこたえだったはずだ。


 ていうかせめて、馬鹿を見るような目で見ろ、“ような”を付けろ“ような”を。

 喉元まで文句がせり上がってくるが、コムサスはそれを溜息で誤魔化した。


 そういう甘えはもう許される歳ではない。


「部下からの連絡ですが、教会の方も独自に出るそうです」


 執事からの報告に当然だろうな、とコムサスは思う。

 光の巫女は街中にいるのだ、彼らがそれを座して見過ごすとは思えない。


 情報は錯綜し、混乱しているが、少なくとも街中で多くの魔族が発生した、という事だけは間違いない。

 第二結界内では魔族が発生していないおかげで指揮に混乱は発生していないのは幸いだ。


 コムサスがさてこれからどうするかと、執事を相手に思考のキャッチボールをしながら廊下を歩いていると部下の一人が走り寄ってくる。

 緊急時故に廊下を走る無作法は無視した。


「司教様と法王猊下がおみえです!」


 何故にこっちに来るんだよ、独自に動くんじゃないのかよ。

 コムサスは無表情のままで心中で愚痴った。


 表情に出さずに愚痴をこぼす能力は、冒険者時代にさんざん鍛えられたのだ。

 今更この状況でかつての仲間が法王を連れてきた所で顔色一つ変えない。


 自分に随伴する騎士達を待たせる庭に到着すると、司教――ビバルが自分にヘラヘラとした笑みを向けてくる。

 世の人間はあの笑顔を優しげな、とか慈悲深そうとか言うらしいがアレは単に何も考えてないだけだ。


 成せば成る、という楽観があの笑顔の根源であるとコムサスは思っていた。

 隣に控える執事がかつての得物を背負っている所を見て、更にその笑顔が深くなる。


「流石ですねコム」


 ビバルが挨拶も無しに賞賛してくる。


「万全の準備に、慎重にも慎重を重ね、そのくせ足は速い。実に貴方らしい」


「全て偶然だよ司教殿」


 コムサスは事実でもってバッサリと斬り捨てる。


「それより教会は独自に動くのでは? そちらのぎょくは街中だと聞いているが?」


 コムサスはビバルと、その隣にいる史上最年少の司教に向けて尋ねる。

 俺の所に来ている暇なぞ無いだろうと。


「護民討伐派と施術派を組み合わせて動いて貰っています。――が、相手が魔族であるならばこちらの光の巫女は“余程よほど”が無い限り大丈夫ですので」


 含みのある言い回しだな。

 コムサスはそう思ったが顔には出さない。


「猊下は閣下の部下と共に動く方がより多くの人々を救えるとお考えです。どうでしょう?」


 ビバルの提案にコムサスは数瞬だけ考える。

 教会の連中が力を貸してくれると言うのなら、こちらは救助と討伐に専念出来る。


 更には万が一にも押し込まれた時に後詰めで教会が控えているというのはかなり有難い。


「当然だが私は前線で指揮だぞ?」


 良いのか? 付いてくると言うのなら法王猊下も一緒に前線だぞ?

 視線でそう問う。


「貴方なら当然でしょう」


 成る程、最初から全て承知か。


「では席を用意しよう。生憎と座り心地の良い椅子は無いがね」


 精一杯の皮肉で歓迎を示す。

 整列する部下に向かうコムサスの背後でビバルが執事かつての仲間に楽しげに話しかける。


 相変わらず皮肉は通じてもこたえてはくれない。


「今回は顔を隠してないんですね」


 今回は? どういう事だ?

 ビバルが執事に投げた疑問にコムサスは内心で首を傾げた。


 一歩進む前に意味が分かって思わず振り返る。


「まさか……」


 黒化竜討伐部隊にお前もいたのか?

 続く言葉は声にならず、それでもコムサスの目は雄弁に語っていた。


 当然でしょう、そう言いたげな呆れ顔の執事と、気が付いていなかったんですかと驚くビバル。

 コムサスは無表情のまま心中で百ほど愚痴を垂れ流すと歩みを再開する。


 この騒ぎが終わったら、息子に後を継がせる事を真剣に考えよう。

 それで旅に出よう、馬鹿がいない国を探すのだ。


 旅立つ自分を想像してコムサスは眉をしかめた。

 何故か余計な二人がそこにいた。


「出るぞ!」


 コムサスは騎士達に命令を下した。


 *


「ケツから声だせ!ケツから!」


 ギルド職員のラナは自分が意味不明な事を言っているなと自覚しながらもそう叫んだ。

 なんだケツから声とは?出るのかケツから声。


 自分の意味不明な掛け声に同僚が律儀におうよと応えてくれるものの、その声には自分と同じように疲労が滲んでいる。

 気を失った冒険者を二人で引き摺って運び初めて結構な時間が経つ。


 ギルド内で突然二体の魔族が湧いた。

 いや、二人の冒険者が魔族へと変わった。


 人死にが出なかったのが不思議な程の混乱の中、どうにか魔族を倒したのだ。

 正直ハゲ樽が出てくるのがもう少し遅かったら何人か死んでいただろう。


 今日はいったい何なのだ。

 ギルドに理不尽が尋ねてくるわ、蛮族が街中に響くような声で嫁の名前を連呼するわ、挙げ句に人が魔族になった。


 厄日だ、だが生きてる。

 ラナは周囲の混乱と怒号に負けぬように声を張り上げる。


「行く道の安全はハゲ樽が作るから! 誰も取りこぼすな! 無茶をした馬鹿冒険者は必ず拾ってやる! 存分に馬鹿れ!」


 目と耳をかっぽじって良く聞け! 声を張り上げろ! 助けを呼ぶ声が聞こえたら突っ込め!

 ラナは叫ぶ。


 これでも街の外の出身だ。

 死と理不尽とは仲が良い。


 だから冒険者ギルドの職員となったのだ。

 そういう物が気にくわねぇと、自分の命を天秤に乗っけて日銭を稼ぐ馬鹿どもの助けになろうと。


「てめぇら!ケツから声だせ! 助かりたい奴はこの声によれ! よれない奴は泣き叫べ! てめぇら聞き逃すな!冒険者だろ!」


 おうよ!

 返ってくる馬鹿冒険者達の声の響きが懐かしい。


 かつて幼い自分が上げた声に応えてくれた冒険者ハゲ樽を思い出す。

 大丈夫、今日は厄日だが自分は生きてる。


 のちに『ケツから声出す聖女の行進』という名の絵画となるラナの一日だった。


***あとがき***


いつもコメント、イイね、ブックマーク、評価などありがとうございます。

大変励みになっております。


明日も投稿させて頂きますので

何卒、何卒ここで辺境伯とラナのエピソードを挟むことをお許しください。

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