第161話 ビター ベター ビターン(bitter better ビターン)2

 *


「シンさんが空からビターン!」


 何なんだよビターン!って。

 俺はあちこちヒビの入った骨を治しながらうめく。


 思った以上に軽傷で済んでいるのは、激突する寸前に吹き上がった風のおかげだろう。

 手を付き顔を上げると、その風を起こしてくれた本人の呆れ顔が目に入った。


 ちなみにその背後ではエルザと師匠が俺を指さし爆笑しながら視界に入った魔族を処理してる。


「無茶をする前は一言くださいまし」


 エリカのその言葉に立ち上がりながら首を横に振る。

 ついでに鼻に溜まった血を手鼻で飛ばす。


「俺が無茶をする前に嫁がもっと無茶をしそうだったからね」


 俺の言葉にエリカが変な顔をする。

 いやしかし、“ちょっと”空を飛んでいる内にこうなるのか。


 俺は周囲を見て思う。

 師匠とエルザがルーを中心に周囲の脅威を排除し、王子が当然のような顔で他国の騎士に命令を飛ばして市民を現状もっとも安全な場所ここに誘導している。


 あの吹っ飛ばされた近衛のオッサンですらテキパキと市民を誘導している。

 命令があったら平民でも命をかけて守るタイプか、王家にそんな魅力あるかね?


 それはそうとまずはエリカを安心させよう。


「孤児院は今のところ無事だ」


 煙は――と俺はギルドから上がる黒煙を指さす。


「一つ目の結界内でしか上がってない」


 俺の言葉にエリカが短い安堵の息を吐く。


「それじゃあ二つ目まで避難ですね?」


 シャラが少し離れた場所から負傷者に回復魔法をかけながら訊いてくる。

 流石、施術派を追い出された女である。


 負傷者が激痛で悲鳴を上げている。


「ああ、二つ目まで避難だ、もっと言えば孤児院までだ。他の連中には悪いが俺達はそこで死守だ、一緒にいたいと言うなら観光旅行の主催者ホストの我が儘に付き合って貰う」


 随分な観光旅行です、お二人らしくて良いですね。

 そう言ってシャラが二人目の負傷者に取りかかる。

 そこに王子が駆け寄ってくる。


「シン! 大丈夫か!?」


 ええい、寄ってくるな。


「そのすげなさ、まことにロングダガー」


 気持ち悪いよぉ。


「初撃で動けぬようになった周辺の怪我人は騎士共があらかた回収した、そこでシスターに悲鳴を上げさせられているのが最後だ、動ける者は辺境伯の騎士共が避難を誘導している」


 流石に魔境最前線の騎士共だ、幾人か連れて帰りたくなったわ。

 王子が辺境伯に喧嘩を吹っ掛けるような事を言いながら感心する。


「ゴメン追加ー」


 そこへルーが怪我をした親子を運んでくる。

 最重要護衛対象が何してんの? と思うが最重要なだけあって師匠の魔力が付いて回る。


「このまま一カひとかしょに長居すれば移動もままならぬようになるぞ。一番偉そうな騎士に守りながら移動できる数の判断を頼んだ故にその合図で我らも移動するぞ」


 王子が仕切るが瑕疵かしは見当たらないので文句はない。


「通り一本向こうのギルドの方は、ハゲ樽が出てきたから任せて大丈夫だろう、って騎士の人が言ってたよ」


 ルーが親子をシャラに渡しながら言う。

 そうか、ギルド長は騎士からもハゲ樽って言われてるのか。


 まだ見ぬギルド長の妙な事だけ詳しくなるな、そう思いながら視線でエリカに確認する。

 頷き返してくるエリカに腹は決まる。


 街中で広く暴れ回っている魔族、というか魔族になる人間を送り込んできた人間の狙いは分からないが、動けなくなるまでジッとしているのは悪手だ。

 狙いがなんであれ、最終的な狙いはエリカかルーの二択だ。


 おう王子ならガバガバだぞ、たぶん成功するぞ。

 まぁ良い、とにかく行動だ。

 助けられる人間を片っ端から拾い上げながら孤児院に避難だ。


 そうと決まれば屋根の上にのぼって視界の確保だな。

 身体強化の強度を上げた瞬間だった。


「は?」


 唐突に失われる足下の感覚に思わず声が出る。

 地面が崩れる――。


 エリカがパッと後ろに飛んでいる、シャラがワチャア!とか奇妙な悲鳴を上げながら怪我人を引っ掴んで離れる気配がする。

 ルーは、流石だな。


 巡らした視線の先に感心する。

 実戦経験なぞ無いだろうに、彼女はほんの少し反応が遅れたものの崩れた足場から飛び退こうとしている。


 天才を模倣の対象にできる天才はデキが違う。

 俺も退避しようと崩れゆく足場に足をかける。


 だからだ。

 だから俺はついその声に反応した自分をしこたま罵った。


「シン!」


 その声は紛れもなく希求の声であり、そして腹が立つ事に“覚悟”の決まった声だった。

 声に引かれた視線の先はルーと王子の姿があった。

 あの野郎、ホントあの野郎。

 瞬間、頭の中にありとあらゆる罵詈雑言が浮かぶ。

 王子が今にも飛び離れようとしていたルーの背中を押す。

 クソが、なんで満足そうな顔をするんだ。


 彼女はお前が余計な事をしなければ十分に逃げられたんだよ。

 どうして俺の方に、お前が頭の中に花詰め込めるような女を突き飛ばしておいて満足げな顔できるんだ?


 それで自分はやりきったみたいな顔をするなよクソが。

 嗚呼、クソが! ホントにクソが!


 俺は驚いた顔をするルーを抱き止める。

 脳内でうごめく全ての罵詈雑言を奥歯で噛み殺す。


 今にも支えを完全に失いそうな地面を踏み込む。


「任せた――エリカ」


 ルーを体の向きを変えるついでにエリカの方へと投げる。

 何で俺がこんな事をしなくちゃいけないのか?


 自分の馬鹿さ加減を罵る罵詈雑言はもう出ない。

 噛み殺したのなら後はやるだけだ、だって男の子だもん。


 何が後は頼んだロングダガーだ。

 ケツは最後まで自分でふけ。


 俺は王子の方へと飛んだ。

 背中にエリカの声が追いついてくる。


「よろしくてよ?」


 炎が耳を撫でる。

 オッケー嫁からの了承が出た。


 存分に馬鹿と無茶だ。

 俺は崩れる瓦礫の山に突っ込んだ。


***あとがき***

なおエリカさん、空から落ちてくるダンナを抱き止めるかどうかを悩んでるうちに

間に合わなくなったので風で受け止めた模様。

以前は平然とシンをお姫様抱っこ出来たのにって思うと作者ニッコリです。

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