第158話 元侯爵令嬢は光を照らし、短剣は輝く1

 *


 エリカは何だかもう楽しくなっていた。

 自分が走ればシンが追いかけてくれるのだ。


 なんだこれは、走れば走る程お得じゃないですか。

 わたくしは今、実質無料で走っている。


 ふと冷静な自分が頭を抱えているような気がしたが、元々ポンコツ気味だったエリカの乙女回路はそれらをすべて無視した。

 気が付けばいたる所でヘカタイの騎士達が住民を誘導してくれているおかげで走りやすくなっているのも良かった。


 彼らの顔が何故か酷く疲れているように見えるのは気のせいだろう。

 自分の名を呼ぶシンの声が背中を撫でる。


 その度にこう、何というか、今なら空を飛べるんじゃないかという気持ちになる。

 シンの声は魔法なのかもしれない。


 騎士達がその魔法の声を聞くと呻くような声で「どちらも出鱈目すぎる」と呟いているのが謎だった。

 何かこう確実に大事な物を放り投げてる多幸感の中で走るエリカは、そうであったとしてもエリカだった。

 自身に流れる血のせいだろうか?


 己が大切にしている物が傷つけられた時、ソルンツァリは火を垂れ流す。

 その業火は自身のポンコツ乙女回路すらも瞬時に焼き払った。


 何度目か? 少なくとも一度目ではない。

 ぐるっと街を周り、ルーの前を通り過ぎた時だった、親友の顔が目に入った。


 親友が悲しげな顔をしている。

 理由など知らぬ。


 エリカは身体強化中とは思えぬ、優美さすら感じさせる動作で速度を殺し、親友の前に立った。

 自分が急に立ち止まるのを相手が予想していなかった事を、相手の驚く顔で知ったエリカはその手をそっと握る。


 安心させるように、我が目が届く範囲で貴方が暖を取る火に困る事は無いのだと告げるように。


「どうしましたか?ルー」


 慣性にたなびく赤髪が重力に引かれて落ちる。

 まるで垂れる炎のよう。


王子馬鹿に何か言われましたか? でしたらハッキリ言ってやれば良いのです。遠慮などする必要なぞ無いのですよ? 貴方は妙な所で責任感が強いのでわたくしは心配です」


 彼女とシンが言葉を交わすだけで、酷くモヤモヤしていた自分が馬鹿らしくなるくらいに、エリカは素直にルーを心配する。

 確かにルーはシンの思い人だ、彼が人生をぶん投げてでも、そう思う程の人だ。


 だが、それがどうしたと言うのか?

 ルーがわたくしの親友であるという事に、それが何の関係があると言うのか?


 それはそれ、これはこれ。

 エリカは実に冒険者シンらしい考えに至った、合理や理屈を考えるから駄目なのだ。


 握った拳を顔面にぶち込むのも、ひらいたてのひらで手をつつむのも、理屈を考えてやる事じゃないのだ。言い訳は考えるが。

 驚いた顔をしたまま固まっていた親友が、パチパチと目の前が現実である事を確かめるようにまばたきをする。


「エリっちはそういう所だよねぇ」


 案外似たもの同士かもしれない。

 そう呟いてルーがエリカが重ねた手をそっと剥がす。


「甘え下手な癖にそうやって人を甘やかそうとするのは駄目だよ」


 エリカは離れた手にしばし視線を落とす。


「すみません、つい学園で貴方を初めて見かけた時の事を思い出してしまって引っ張られてしまいました」


 懐かしさにからかうような笑みが浮かぶ。


「また怒られてしまいますね?」


「そうだよぉ。平民にも責任感と自覚って奴はあるんだぜい?」


 ルーの言葉が酷く懐かしい。

 あの日、学園の花壇の前で、初めてルー・メンフィースを見た時、エリカには突然とつぜん光の巫女だと担ぎ上げられる事となったルーが、まるで迷子の子供のように見えたのだ。


 それに自分は随分と傲慢な事を言い、手痛い反撃を貰ったのだ。

 懐かしさについ軽口が出る。


「であるならば、わたくしはふたたびこう言いましょう。そうと言うなら友達になりましょう、友と言うのならば共に泣き、共に笑うは必然でございましょう?」


 ルーが笑う。

 互いに幼さの抜けきらなかったあの日のように。


「急に口説くのは、はしたないんじゃないかなぁ」


 あの日と同じ答え。

 わたくし達はあの時あの瞬間に、友となったのだ。

「友との間にそんな物があるとは寡聞かぶんにして存じ上げませんが。ルー・メンフィース、わたくしの友、存分にわたくしに頼ってください。わたくしはエリカ・ソルンツァリです」


 あの日の様にエリカは言う。

 胸を張り、不遜さすら感じさせる強い瞳で、傲慢の一歩手前の気品を唇にたたえて。


「貴方を悩ます全てを焼き尽くしてみせましょう」


 そう言ったエリカはふと思い出したように付け足す。


「今はエリカ・ロングダガーですが。 貴方の為なら特別にエリカ・ソルンツァリになりますよ?」


 隠す気のない小声に、くだらない理由で無くしたように思う在りし日の幼さの残滓が見える。

 自分はもう少し零れる物に執着しても良いのかもしれない、シンの様にはなれなくても。


 貴族だからと、理由を付けて性急に捨てた物が今になって愛おしい。

 エリカにとって、自分には無用と切って捨てた物、その象徴がルーなのかもしれない。


 在りし日の光。

 その温もりが彼女なのだ。


 エリカの冗談めかした言葉にルーが笑う、あの日のように。

 貴族の自分とは随分と違う、飾らぬ声で笑う彼女がとても眩しい。


「素敵な口説き文句だね」


 そう評するルーに、エリカは再び微笑み返した。

 あの日の花の香りがした気がした。


「エリカさんカッケー」


 数歩離れた場所で、意味の分からない事を呟くシャラの事は無視した。



***あとがき***


あっれ?

主人公とヒロインのイチャラブが始まる所だったのでは?

タワーを建てる予定は無いですよ?

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