第153話 短剣は短く、光は刺す、そして炎は走る4

 *


 エリカがルー・メンフィースを連れてギルド内を案内している。

 ギルドは大きな建物だが、冒険者が立ち入れる場所なんてそんなに多くは無い。

 だがそれでも二人は実に楽しげに話しこんでいる。


 今はギルド内の掲示板に張られている指定討伐対象が書かれた紙を指さしながら話している。

 側にいるシャラがゲンナリした顔をしているのでフォレストドラゴンを討伐した時の話でもしているのかもしれない。


 何の話をしているのか気になるが、流石に身体強化を使ってまで聞き耳を立てようとは思えない。

 それに今はギルド内は騒がしいので上手く聞き取れないだろう。


 たまたまギルドに居合わせた不幸な冒険者達がカウンターを封鎖した鉄板を片付けるのを手伝わされている。

 巨大なクランクを回す音に、歯車が回る音、指示を飛ばすギルド職員の声にと大変に騒々しい。


「馬鹿をやったな」


「言わないでください」


 顔を両手で覆ったラナが言う。


「手伝わなくて良いのか?」


 俺は散らばった書類を集める他のギルド職員を目で追いながら言う。


「お前はロングダガーの相手してろと言われまして」


 嗚呼、つまりは。


「弟子よ、この面白いギルド職員を師匠に紹介しようか」


 理不尽への生け贄か。


「いえ、私はただのしがないギルド職員です」


 ラナが初めて出会った時のように、ビビり散らかしているのが可哀想でつい口を挟む。


「師匠、仕事は良いんですか?」


 ラナからの、神を見た、みたいな視線が痛々しい。


「室内だとエルザに任せた方が良いだろ?」


 的確な師匠の指摘に目を逸らす。

 師匠は手加減や力のコントロールが下手なわけではない。


 それどころか達人と言って良い。

 だが、咄嗟の時にまで完璧であるかと言われるとそうでもない。


 技術の問題ではなく、まぁいいか、となるからだ。

 師匠のまぁいいか、は人死にが出なければまぁいいかになりがちだ。


 つまり室内で護衛させるならエルザの方がまだマシだ。

 俺は諦める、ラナには悪いが無理だ。


「こっちに来てから良くお世話になっているギルド職員のラナです」


 俺の紹介の言葉に、ラナがこの世の絶望を見たみたいな顔をする。

 気持ちは分かるが師匠はそこまでアレじゃないぞ?


 というかラナは一度は師匠に会っているのでは?

 俺がヘカタイに到着する前に、確か師匠とエルザに“俺をよろしく頼む”とオド――頼まれているはずだ。


「ラナは前に一度師匠には会ってるんだったか?」


 俺の疑問にラナが勢いよく首を横に振る。

 目がそんなワケあるかと物語っている。


「いや、俺が冒険者登録しに来た時に師匠からよろしく頼まれたとか言ってただろ?」


「ああ、それは手紙だよ」


 俺の疑問に師匠が答える。


「その時はちょうど仕事を抱えていてね、暇がなかったから手紙にしたんだよ」


 何度も言うが師匠は仕事自体には真面目なのだ。


「心付けで竜の牙を付けたんだけどね」


 さらっと師匠がとんでもない事を言う。

 気合いの入ったギルド相手には失礼な事になっちまったね。


 そう反省する師匠だが、受け取った側ラナが小さな声で「あれ脅しじゃなかったんだ」とこぼしている。

 まぁ“親切なバルバラ”からレア素材が送られてきたら脅迫の一種だと思っても仕方がないと思う。


 それはともかく、師匠が互いに挨拶の最中であった事を思い出す。


「おっと失礼したね。弟子が世話になっているようだ、ありがとうギルドには感謝するよ」


 どう考えても常識的な師匠の言葉にラナが泣きそうな顔になる。

 わななく唇がつむぐ言葉は、親切は嫌、だろうか?


「依頼を受けてないなら何かしたい所なんだけどね」


「師匠!」


 白目向いて気絶しそうなラナを正気に戻すためにも少し大きな声を出す。


「すいません、少しラナに確認したい事があるので」


 師匠に言葉を遮った事を謝罪する。

 師匠が若干不満そうな顔をするが、引っ込んでくれる。


 やめろラナ、そんな目で俺を見るんじゃない。

 弟子として罪悪感を感じてしまう。


「何だか冒険者の数が多いような気がするんだが、何かあったのか?」


 街中でも冒険者が多い、と思ったが冒険者ギルドにも冒険者は多かった。

 普段なら朝の混雑が解消されているような時間にも関わらず、だ。


 それに見たことがない顔が多い事も気になる。


「ああ、それは――」


 ラナが一瞬だけ言葉を探すように間を開ける。


「シン様のせいですね。直接? ではないですが」


 ラナの言葉に師匠が、ほお? と不穏な声を漏らす。


「何もしてないぞ」


 お前は何を言い出すんだと、慌てて否定する。


「えぇまぁ、どこかのランク詐欺みたいな人が昇格試験を受けるという事で、街の中級冒険者が普段はたっぷり取ってる安全マージンをぶん投げて魔境の中層への長期遠征に出かけているものですから」


 ラナが淡々と事実だけを語るギルド職員の顔をして言う。

 冒険者はこの顔に弱い。


 どんな荒くれ者の馬鹿でも、ギルド職員がこの顔をしたら絶対に折れないと知っている。

 つまりラナはこの見解を変えるつもりはない。


「要は街としては仕事があふれている状態でして、それを知った他の街の冒険者がヘカタイに集まってきているようですね」


 いやぁホント誰のせいでしょうね?

 俺はラナの言葉を無視する。


「中級の連中は魔境に行く前にエッズの爪の垢でも飲ませるべきだな」


「あら、それは本人が聞けば喜びそうですね」


 今度言ってやってください、とラナが笑う。

 やだよ恥ずかしい。


 だがまぁ知りたかった事は分かった。

 ヘカタイは魔境の最前線、魔石の輸出で金回りも良いし、当然ながら実入りも良い。

 普段は埋まっているポストがあいているとなったら、そりゃ冒険者は集まるだろう。


 そしてもう一つ。

 成る程、こいつらの中に紛れているわけか。


 俺は周囲を見回す。

 何で俺達が? そう言いたげな顔をしてギルド職員にこき使われている冒険者達。


 コイツらの中に、メルセジャ曰く王都で姿を消したヨロシクナイ奴らが紛れ込んでいるのだろう。

 エリカ、もしくは光の巫女を狙う人間。


 まぁ大穴で王子も入れておいてやろう。

 冒険者、もしくは冒険者になろうとする人間に対してのチェックなんてザルだ。


 ファルタールもオルクラも、冒険者を消耗品として扱っている。

 勝手にすり潰れる消耗品に対して身分の保証なぞするワケがない。


 それに対してギルドが出来る努力なんてのはたかが知れている。

 街に潜り込むなら実に良いタイミングだったろう。

 その遠因が自分であるというのは忸怩じくじたる物があるが。

 その落とし前は自分で付ければ良い。


「あのー」


 俺はラナの声に視線を戻す。


「理由は知りませんが、出来ればギルドの目が届く範囲で闇討ちとかはやめてくださいね?」


 助け船出した相手に酷くない?



***あとがき***

ぎりぎり投稿間に合ったぜ!

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