第152話 短剣は短く、光は刺す、そして炎は走る3

 *


「武装した平民だらけではないか」


 “何故か”俺の隣に陣取るクソ王子、ダリル殿下が周囲を見て驚きの声を漏らす。

 光の巫女一行が宿泊する高級宿で合流して、えっちらと歩いている時の事だ。

 魔境と接する辺境伯領で冒険者の数が多いのは当然だろうと思いはするが、それを実際に目の当たりにして驚くというのは理解できる。


 ファルタールでは街中では武器を目立たぬようにするのが冒険者の常識だったし、そも数自体がまったく違う。

 俗に冒険者の街と呼ばれるヘカタイと比べる事自体が間違いなのだが王族としては心配になる光景だろう。


「ファルタールと違って隣接する国が盟邦めいほうだけじゃないからな。必然、魔物の対処は冒険者頼りになるんだよ」


 あとポコポコとヤバい魔物が湧かないせいで、食い詰めて切羽詰まりどうしうようも無くなった奴が賊になる。

 その選択肢を取れてしまう。

 騎士団が治安維持を担い、冒険者が魔物に対処する、その辺りはファルタールよりもハッキリと別れている。


「それにしても多過ぎではないか?」


 俺の答えに王子が驚いたような独り言を漏らす。

 まあ確かに多すぎる気がする。


 現在、ヘカタイにいる冒険者の殆どは魔境の中層にまで行けなかった連中ばかりだ。

 俺とエリカの冒険者ランク昇格試験をきっかけに遠方の依頼を受けた連中が戻ってきてはいるが。


 魔境に遠征している連中の数に比べたら、ずっと少ない。

 にも関わらずヘカタイの街には冒険者で溢れかえっているように見える。


 これで遠征組が街に戻ったら、ちょっとした混乱が起きるのではないかと思える程だ。

 冒険者で定住する家を持つ者は少ない、市民権を得られたら冒険者を引退するからだ。


 つまり宿からあぶれる者が出てくる程に冒険者がヘカタイに集まってきている事になる。

 当然ながら冒険者は突然地面から生えてこない。


「他の地域から流れてくるような事なんてあったかな?」


 俺は数歩先を楽しげに歩くエリカ達の背中を見ながらそう呟いた。


 *


 切羽詰まった人間が犯罪に手を出すように、人は追い詰められると後先を考えなくなる。

 とにかく今ある困難さえどうにか出来れば良い。


 短絡的な考えは時に、後から考えれば“馬鹿な”としか思えない選択肢を人にとらせる。

 例えば冒険者ギルドの職員、ラナが“親切なバルバラ”に会った時のように。


 *


 二重結界都市ヘカタイ、俗に冒険者の街とも呼ばれる街に、お忍びで訪れた王族と光の巫女を案内するような観光地などは無い。

 だが別名になる程に冒険者が多いというのなら、そしてエリカが冒険者をしている、という話から光の巫女ご一行を冒険者ギルドに案内する、というのは然程さほど突飛な話ではないだろう。


 エリカと光の巫女ルーを先頭に冒険者ギルドへと訪れた俺達を迎えたのは、ギルド職員ラナの叫び声だった。


撤退命令レッドスモーク撤退命令レッドスモーク! 二種職員以下は全員退避!」


 ラナが叫び、職員の一人が何の為に付いてるのか分からなかったデカい鐘を打ち鳴らしまくる。

 飾りじゃなかったんだな、あの鐘。

 音色なぞ気にしない、ただ音が大きければそれで良いと、耳朶じだを打つ鐘の音にギルド内にいた冒険者達は何事かと腰を浮かし、己の武器の在処を確かめる。


 舞い散る書類に命令を復唱する職員の怒号。

 呆然とする俺達の目の前で、ギルド職員達は脱兎の如くカウンターの向こうへ消える。


竜は舞い降りたドラゴン ハズ ランデッド! 竜は舞い降りたドラゴン ハズ ランデッド! カウンター閉鎖ぁ!」


 カウンターの向こうからラナの叫びが聞こえてくると同時に、どういう仕掛けか天井から鉄板が落ちてくる。

 何だこれ。


 そう思ったのは俺だけではないようで、エリカが唖然としながら振り返って俺の顔を見てくる。

 声に出さず「何かしましたか?」と問われても意味が分からない。


 俺達と、そして状況に完全に取り残された冒険者達が奇妙な沈黙を作る。

 というよりも全員がギルドの突然の奇態に戸惑っている。


 鉄の壁と化したカウンターの一部が鎧戸の様に開く。

 裏からラナの「え?私? 私が言うの?」という声が聞こえてくる。


 あーあーゲフンゲフン。


「わっ、我々ギルド職員は如何いかなる脅しにも屈しない! ハゲ樽、もといギルド長の首なら差し上げるが、それ以上の要求は断固拒否する!」


 ギルド長可哀想。


「こちとら普段から頭のネジが外れた蛮族を相手にしてんだ! 今更“親切”の一つや二つでビビると思うなよ! え? 言い過ぎ? 何で煽るだポンコツって言った奴誰だ!?」


 立てこもって一分かからずに内部分裂の危機を起こすなよ。

 俺はラナが何に過剰反応したのか分かってゲンナリする。


 原因師匠は面白そうな顔をして、なんだよギルドもこっちがアタリかよ、と呟いている。

 どういった判定でアタリなのか一度聞いてみたいが、碌でもない答えしか返ってこないだろう。


 しばしの沈黙。

 いや、カウンターの向こうから、てめぇそういう事は一度でもロングダガー担当してから言ってみろとか、書類の不備を直すの手伝わねぇぞこの野郎等の怒声が聞こえてくるが無視する。


「あー、えー、ギルドは如何なる脅しにも屈しないが、要求を一方的に拒否する程の狭量きょうりょうさを持ち合わせているわけではない!」


 内部分裂の危機は去ったのか、続く言葉は強腰なのか弱腰なのか分からないものだった。


「そちらの要求は何だ!? 要求によっては前向きに善処させて頂きます!」


 それはもう敗北宣言なのでは?

 俺はエリカの「貴方のせいでしょ?」という視線に促されて集団の前に出る。


 原因は俺じゃないんだけどなぁ。


「はぁ!? 今度は弱気すぎるぞポンコツって今言った奴マジで出てこい! 今度あの二人が昇格試験を受ける時に立会人させてやる! 百歩離れててもマジで怖ぇからな! 怖かったんだぞ!」


 何したんですか、というシャラの呟きが背後から聞こえてくる。

 駄目だぞシャラ、一方の証言だけで判断するのは。


 おう!おう!煽ったな? 後悔すんなよお前ら? 私はもう覚悟できてんだからな?

 ラナの腹が据わった声が聞こえてくるが、そういう声は師匠が喜ぶから止めて欲しい。


「要求は聞いてやる! だが冒険者ギルドは如何なる不正な要求も断固拒否する! 要求を押し通せると思うのなら試してみるが良い! 我らギルド職員最後の一人となっても屈しない! 屈しないが先頭は必ずギルド長にするのでちょっと待って下さい」


 お前のギルド長に対するヘイトの高さは何なの?


「さあ要求を言え!」


「観光」


「え?」


 戸惑ったような声が実に馬鹿馬鹿しい。

 鉄板これを元に戻すだけでも一苦労だろう。


 師匠一人に過剰反応しすぎなのだ。

 ああ見えて師匠は仕事中はちゃんと仕事する。


 たまに、ちょっと仕事中に親切心を発揮して、ちょっとなんかもうワケが分からない事態になるだけで。

 俺はしんと静まりかえったギルド内を軽く見回してもう一度言う。


「目的はただの観光だよ」


 ふっざけんなよ!

 鉄板の向こうからラナの叫び声が聞こえてきた。


***あとがき***

いつもコメント、イイね、評価等色々ありがとうございます。

コメントは特に作者ニッコニコで読ませて頂いてます。

たぶん、想像以上にニッコニコしてます。

特にこう、あとがきでお報せする事も無いのですが。

最近、ホントにコメントに励まされているので。これはちゃんとお礼を言っておかないとなと。

地獄の年度末も更新が途切れる事無く乗り切れそうです。

ありがとうございます。

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