第151話 短剣は短く、光は刺す、そして炎は走る2

 *


 それはそうと、ジェニファーリンさんとの冒険譚とやらに非常に興味が惹かれますね。

 妙に怖い笑顔のエリカにそう言われ、俺はケツが浮きそうになった。


 何一つ後ろ暗い事は無いが……いや無い事も、いやしかし暗いのはジェンであって俺ではない。

 アイツの依頼がおいそれと人に言えないような内容であるのはジェンのせいだ。


 依頼にはほら、守秘義務がね?

 俺がそう、言い訳では無い本当の理由を言うがエリカの微笑みは消えない。


 おかしいぞ?

 ついさっき友情は時に夫婦の間に秘密をどうこう、とか言ってたはずでは?


 ジェン絡みの話でどれを話せば良いのだろうか?話せるのだろうか?

 王家の秘密の抜け道を一つ潰した話ぐらいは大丈夫だろうか?


 畜生、よく考えたらアイツ絡みは大概が厄介事ばっかりじゃないか。

 話すに話せない事に俺がアワアワし、エリカがあらー何を慌ててらっしゃるのですかー、と微笑みを深くしていると、ドアがノックされる。


 良く知る気配に内心で安堵する。


「おはようございまーす。パンくださいパン」


 シスターとして何か大事な物をぶん投げてるとしか思えない言葉が聞こえてくる。

 まさかシャラの訪問に感謝する日が来るとは思わなかった。


 俺はこれ幸いにと席を立ちドアを開ける。

 背後で舌打ちが聞こえたような気がしたが幻聴だろう。


「おはよう、シャラ」


 安堵のせいか妙に明るい声が出る。


「えぇ何ですか?気持ち悪いんですけど」


 コイツも身内には歯に衣着せないタイプだな。

 呆れながらも招き入れる。


「黒焦げにしたパンにするぞ?」


「嫌がる私を呼び出したのはシンさんじゃないですか! 今回ばかりは美味しくパンを頂きますよ!」


 それを言われると反論しずらい。

 嫌がるシャラを今日も俺達に付き合えと頼んだのは俺だ。


 あのメンツと張り合うのなら肋骨が飛び出していても闘志を失わない馬鹿が必要だ。

 要は俺以外のマトだ。


「分かったよ、ベーコンをオマケに付けてやろう」


 やったぜ! シャラがウッキウキな足取りでテーブルに近づいていく。


「シャラ」


 それに待ったをかけたのはエリカだった。

 エリカ学未修のシャラはエリカの浮かべる笑みを勘違いし、おはようございます、と元気に挨拶する。

「ちょっと家の周りを十周ほど走ってきて下さい」


「なんで!?」


 その方がパンが美味しくなりますよ、と言うエリカにシャラが、パンはいつ食べても美味しいですよ、と悲鳴を上げる。


 シャラの悲鳴はエリカに無視され、その目力は圧力を増す。


「ほら、貴方は既に走った後のパンの味を想像して走りたくなっているはずです、身体強化なしで」


 ね?

 圧に負けたシャラは頷いた、お前もエリカに弱いタイプか。


 小首を傾げる、というよりも理解できない理不尽に困惑しながらシャラがドアへと向かう。

 一瞬だけ可哀想、と思ったが美味しいパンかぁ、と呟いている声が聞こえてきたので考えを改める。


 まぁいい、問題は俺である。

 このままではシャラが十周を終えるまでアワアワし続ける事になる。


「あー俺もパンを美味しく食べたくなったなぁ」


 というわけで俺はシャラの背中を追った。

 むぅ、という酷く可愛い声が背中から聞こえてきた気がしたが俺は振り返らなかった、幻聴に決まってる。



「なんで朝から走ってるんでしょうか?」


「なんでだろうな?」


 俺とシャラはご近所さんからの視線に晒されながら十周走った。

 なおパンは美味しかった。


 *


 我が家に泊まる、と我が儘をぶち上げる光の巫女とそれを許そうとするエリカと、それならばと我が家に泊まろうとするクソ王子。

 こんな粗末な家に殿下を泊めるワケにはと怒る近衛に、勝手に庭にテントを張ろうとする師匠とエルザ。


 おい、誰か俺を助けてくれ。

 昨夜の俺がそう叫ばなかったのは、奇跡か偉業の範疇としても文句は出ないはずだ。


 最終的には街の警邏けいらにあたっているヘカタイの騎士からの、家の前に馬車を止め続けられるのは困る、という要請のおかげで追い出す事に成功した。

 流石マキコマルクロー辺境伯だ、自分は関わらないとしながらも要所は押さえている。


 つい最近、どこかで会った事のある気がする見覚えのある騎士に、俺は無言で感謝の念を俺は送った。

 かなり本気の感謝だった。


 というわけで、俺はたった一日、いや半日ほど光の巫女一行と付き合っただけでゲンナリしており。

 正直な所もう帰れよという気持ちで一杯だった。


 なので今日も出来れば全て放り投げて寝ていたいというのが本音だ。

 何だよ、エリカに街を案内して欲しいって。


 勝手に観光しろよと思う。

 こちとらエリカが光の巫女を見る目に、なんかこう表現しづらいモニョっとした感情を浮かべるたびに心臓が破裂しそうになるんだよ。


 それが郷愁なのか、我が身に降りかかった理不尽に対する怒りなのか、俺には分からんがとにかくあの顔は頂けない。

 今すぐどうにかせねばと、気だけがはやってしまう。


 ただの貧乏子爵家の次男にはせいぜい花を贈る程度しか思いつかないのに、だ。

 つくづく何も出来ない自分が嫌になる。


 俺はエリカとシャラから一歩離れた位置を歩きながら溜息を押し殺す。

 空は良く晴れており、今日は暑くなりそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る