第146話 幻に影は無く、陰に幻は無い1

 *


 光の巫女、神に愛されし人間。

 数十年間隔で現れる人の形をした神の恩恵。


 光の巫女が現れた国はそれだけで一目置かれる。

 何せ魔物の発生が目に見えて下がるのだ、それは単純に農業、商工業の生産性が上がる事を指す。

 まぁファルタールの場合は下がった所で湧いて出てくるのがヤバい奴なのであまり関係は無かったが。


 それはともかく、時に複数の国に現れ、人へと神という存在を思い知らさせるのが光の巫女だ。

 それは光の巫女に意に反する事をさせた国家が非常に困った事になった事からも分かる。


 教会の教義は、弱者を救済せよ、という非常にシンプルな物で、神様は祈りすら求めないくせに言葉にしないで求める物が多い。

 非常に面倒くさいのが神様だ。

 そして光の巫女とはその神様の耳目じもくだ。


 故に光の巫女の心の平穏は、巫女が現れた国にとっては国家的重大事となる。

 光の巫女の失恋で国が滅べば笑うに笑えないだろう。


 流石に神様もその辺りは考えているのか、光の巫女の心を曇らせて滅びた国に巫女の失恋で滅んだ国の名前は無いが。

 光の巫女を箱庭の様な幸せな世界で囲って滅んだ国ならリストに一杯だ。


 これを幸とするか不幸とするかは立場に依るのだろうが。

 俺からすれば面倒くさい女という一言に尽きる。



 そう、俺からすると面倒な女、光の巫女とはそういう存在だった。


 *


 深く濃い藍色の髪は長旅に備えてか簡素にまとめられている。

 華美を好む性格ではない、というエリカの評のとおり、旅装は作りが丈夫そうというだけで地味な物だった。

 

 地味ではある物の、それを贈った者は華美を避けただけで金を掛けなかったワケではなく、さり気なくファルタール王家の家門の刺繍が入っている。


 そんな地味な服に包まれた華奢な肩に乗るのは卵形の顔。

 バランス良く配置された薄い唇と、眉尻の下がった眉は人の保護欲をかき立てる。


 全体的に存在感は薄く、押せば折れる前に割れると思わせる肌は、つい数年前までただの平民だったとは思えない程に白い。


 数多くの貴族の息子どもに、これ俺にもワンチャンあるんじゃないかと勘違いさせた押しの弱そうな青い瞳は、今は溢れる嬉しさに潤んでいる。

 学園で嫌という程に見た顔だ。


 何せその先には絶えずエリカが居たのだから。

 エリカの親友、神に愛されし人間。


 光の巫女、名はルー・メンフィース。

 エリカの隣に平然と立てる女。

 

 ドタドタと騒がしく走ってきた彼女は、ドアを開けるとこう言った。


「エリッちおひさー!」


 *


 相変わらず眩しい女だな。

 ドアを開けるや否や、“エリっち”という貴族社会じゃ絶対に聞けない愛称を叫ぶと光の巫女――ルー・メンフィースはエリカの胸に飛び込んだ。


 俺はその光景を顔をしかめながら見る。

 単純に眩しいのだ。


 光の巫女は俺には本当に光って見える。

 エリカに会えた嬉しさからだろうか? ルーは全身を眩いばかりに発光させている。


「お久しぶりですね、ルー。元気にしていましたか?」


 ルーを難なく抱き留めたエリカが優しげな笑みを浮かべる。

 背後でシャラが首を傾げている気配がする。


 きっと光の巫女の外見と言動行動が頭の中で上手く釣り合わないのだろう。

 それは学園で多くの貴族がやらかした勘違いだ。


 いかにも気弱そうな外見に庇護欲をかき立てる雰囲気。

 だがその中身はエリカの隣に平然と立てるような人間なのだ。


 これは性格だけを言っているのではない。

 光の巫女であるルーは、学園に入学した瞬間から凄まじいまでの才能を見せつけた。


 これまで文字の読み書き以上の教育を受けた事が無かったであろう平民の少女は、瞬く間に学業、魔法や剣術において凄まじいとしか言い様のない成績を叩き出した。

 その手伝いをしたのはエリカだが、これはエリカが優秀な教師だった事を意味しない。


 天才は憧れの対象になったとしても、目標ましてや模倣の対象にはならない。

 だが逆を言えば、天才にとって天才は模倣や目標の対象となるのだ。


 光の巫女、ルー・メンフィースは正真正銘の天才だった。エリカのやり方に平然と付いていける程に。

 これで性格におごったな所がなく、天真爛漫と言って良い性格なのだから嫌になる。


 彼女は持って生まれた物だけでエリカの隣に平然と立つのだ。

 こちとら生まれと育ちはむしろ隣に立つ障壁としかならず、持って生まれた才能なぞ魔力が見える程度で、後は殆どの魔法が使えないというハンデだけだ。


 学園時代に俺がどれほど悔しかったか分かるだろうか?

 笑う度にピカピカ光ってエリカの顔を見るのに邪魔だったのもイラ度が高かった。


 そう、だがしかし。

 俺はゆっくりと抱き合う二人に近づきながら思う。

 俺は今や茶番とは言えエリカの夫である。

 産まれも育ちも持って生まれた才能も、そんな物は関係ないのである。


 剛運、それだけあれば何とかなるのである。

 隣に立ち続けられるかは、まぁ別の話だが。


「一応はクラスメートだったが、学園で話した事は無かったな」


 俺はルーに話しかける。


「シン・ロングダガーだ。よろしく」


 右手を差し出しながら言う。


「エリカの夫だ」


 声が自慢げにならないように気を付ける。

 いやもう、正直に言えば大声で自慢したい。


 生まれも育ちも悪くて大した才能も無いのにエリカの隣にいられる自分の剛運が恐ろしいと、叫んでやりたい。

 が、大人げないので我慢する。


 エリカにとっても迷惑だろうしね。


「おぉー君がそうなのか」


 エリカの胸元に顔を埋めたルーが小さく呟き、青い瞳で俺を見つめてくる。

 浮かんでいる感情は、好奇心か、それとも何故お前が?という疑問なのかは分からない。


 敵意や害意は無いのは分かる。

 だが分かるのはそれだけだ。


 あと見せつけるようにイチイチとエリカの胸に顔を擦りつけるな、家から放り出すぞこの野郎。

 フカフカ? ホワホワですか? 非モテ童貞なんで分かりません!


 ルー・メンフィースはエリカからそっと離れると、差し出した俺の右手を掴んだ。

 視界の端に王子と護衛に文句を言われながら入ってくる師匠達が入って一瞬だけ気が逸れる。


 それを油断だと言うつもりは無いが、ルーはその隙を突くように身を寄せ、俺の耳元で囁いた。


「君、童貞でしょ?」


***あとがき***

いつもコメント、イイね等ありがとうございます。

実は前回、2話分まとめて投稿してしまいギャーってなりました。

まぁ、後から読み返すと区切れるところも無いので、ちょうど良かったかなと思います。

基本的には区切れる所で区切って投稿していますので、これからも文字数は各話でバラバラになるかと思いますが。

よろしくお願い致します。

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