第141話 貧乏子爵家次男のインタートーク

 *


 明けない夜は無い、逆説的には昇った日も必ず落ちるという事だ。

 世の中は本当に良く出来ていると思う。


 エリカ・ソルンツァリの偽りの駆け落ち相手としてファルタールを旅立ち。

 貧乏子爵家次男の手が届くハズがないと、諦めた高嶺の花の間近に居られるという幸運に拝し。


 それどころか偽りとは言え夫婦なのだからと、指輪を贈る事にすら成功している。

 まさに俺の人生の日は昇ったのだ。


 今、俺の目の前はもうキラキラである。

 低い朝日にキラキラと光る草原を見ているからではなく、心の持ちようで、だ。


 俺は今、ファルタールの北側で早朝からちょっとした作業中だ。

 具体的に言うと花を探している、勿論エリカに贈る為の花だ。

 

 花を贈るのに何故に早朝の草原を彷徨さまよっているのかというと。

 ヘカタイの街には花屋という物が無いからだ。


 エリカに花を贈りたいと思っていた俺がシャラにこっそり訊いた所、花屋なんて物があるわけないでしょ、という現実を報された。

 思わず「蛮族世界にも花屋ぐらいあるのに」と言ったらシャラが大層ショックを受けていた。


 まあこれは俺がファルタールの王都育ちだからだろう。

 花屋なんて無いのが普通だ。


 朝露に靴を濡らしながら、俺はエリカに贈る為の花を探す。

 それはつまり来る夜に備える明かりだ。


 明日にも俺には夜は来る、“親切なバルバラ”という夜が来る。

 その前に俺はエリカに花を贈るのだ、師匠が来れば絶対に間違いなくトラブルが起きる。


 非モテを自称自認する俺でも分かる、

 トラブルの最中に贈られる花なんぞにムードの欠片も無い事に。

 それぐらいの感受性デリカシーはあるのだ。



 俺は中腰の体勢から腰を伸ばし、背を伸ばす。

 だが現実は厳しい。


「花がない……」


 思わず呟いた俺の横を馬車が通り過ぎていく。

 魔境の中層への補給物資なのだろう。


 御者も冒険者だし馬車について歩く護衛もまだ周囲に魔物避けの魔道具があるにも係わらず油断が無い。

 俺達の昇格試験でヘカタイの街を離れた冒険者達の中で、もっとも数が多かったのが魔境の森に遠征するという連中だったらしい。


 彼らは昇格試験が終わって一週間も経っているのにまだ帰ってこない。

 何かあった訳ではない。逆だ、上手くいっているから彼らは帰ってこないらしい。


 負傷した冒険者がヘカタイに帰ってきた所にたまさか居合わせたので、回復魔法をかけたところ教えてくれた。

 俺達もやりゃ出来るんだなぁ、とはその冒険者の談だ。


 自慢げに笑う冒険者がそう言って再び魔境へと戻っていったので、彼らの自信は本物なのだろう。

 ちなみに、だったら次の昇格試験の時はよろしく頼む、と言ったら爆笑しながら悪い冗談だと言われた。


 お前らの中で俺達の扱いがどうなってるのか真面目に問い詰めたい。

 魔境で命懸けで戦う事と比べられて拒否られる程の何をしたと言うのか?


 遠ざかる馬車の方から聞こえてくる「おい、あれロングダガーじゃねぇか?」という声に背を向けて俺は花探しを再開する。

 良いよ別にファルタールでも基本的にソロだったし、他の冒険者と仲良く冒険なんてガラじゃない。


 ちくしょう、なんか急に髭っちに会いたくなってきた。

 以前ノールジュエンの街で一緒に冒険した髭ことドリムを思い出しながら、俺は花を求め彷徨さまよった。


 *


 両手イッパイの花束を。

 とは確か王都で流行った歌劇だが演劇だったかの台詞だ。


 早朝のヘカタイを両手イッパイ程では無いが、片手イッパイ程度の花を持って歩く。

 見るからに冒険者な人間が花を持って歩く姿はちょっと目立ったが、すれ違ったご近所の奥様方からは何故か褒められた。


 あれから一時間ほど彷徨い歩いた俺は、運良く色とりどりの花が群生している場所を見つけた。

 無ければ無いで困るが、有れば有るで困るのが選択肢という物で。


 選ぶのに疲れた俺は気が付けば何故か青い花弁の花ばかり集めていた。

 決して脳裏に青い目の髭っちの顔がチラついたからではない。


 ほら、俺って青色好きだから。

 謎の言い訳を自分にしながら俺は家のドアを開けた。


 ちなみに我が家は玄関すぐにリビングと、殆ど使ったことの無い台所がある。

 古い設計の家では良く有る間取りだ。


 キッチンにあるテーブルでお茶を飲むエリカの姿が目に入る。

 玄関あけたらすぐエリカ、最高だな我が人生。


 だがぶち上がる幸福感は長く続かなかった。

 シャラの笑い声が聞こえてきたからだ。


 シスターのくせにブヒャッヒャッヒャと笑うシャラの笑い声に気力を削られながら「ただいま」とエリカに告げる。

 俺がドアを開ける前から気が付いていたのだろう、エリカが柔らかな笑みを浮かべて「おかえりなさい、シン」と返事を返してくれる。


 最高だな我が人生。

 しぼんだ多幸感が再びパンパンになる。


「あ、シンさんおかえりなさい」


 焼けたパンの残り香に、漂う茶の香り、そんな空間にエリカがいる幸せも異物一つで大変残念な空間に変わる。


「ちょっと!何なんですかその綺麗に舗装された石畳の中に一つだけ向きが違うタイルを見つけたみたいな顔は!?」


「例えが長い上に、俺の今の顔はシンプルに“帰ってくれ”だ」


「エリカ、シンさんが酷い!」


 朝から元気な奴だなぁと、日が昇りきる前から花を探して彷徨っていた自分を棚に上げて思う。


「それはそれとして」


 エリカがシャラの抗議を苦笑で流す。


「その花はどうしたのですか?」


 エリカの問いに一瞬答えに迷う。

 君のためにと言うのは容易いが、雰囲気ムードがまったくもって良くない。


 少なくとも腹から骨が突き出ていても戦おうとする頭のおかしいシスターが居ない時が良い。

 なので。


「家の中に少しいろどりをって思ってね」


 エリカに花を断られた時にと、用意していた言い訳を出す。


「成る程、確かに光りの巫女一行を迎える家としては彩りに欠けている我が家ですからね」


 エリカが何かを我慢するような笑みを浮かべる。



「それに青い花というのは気が利いていますね。彼女の瞳の色と同じです」


 彼女とは光りの巫女の事だろうか?

 意図した訳ではないが客人を迎えるには良いチョイスだったようだ。


「貴方にしては、らしからぬ迂遠うえんさではありますが、そういった立場をいているのはわたくしです」


 光りの巫女の瞳の色って青色だったのかぁと、感心しているとエリカが若干の寂しさを浮かべた微笑みを浮かべて言う。


「ですので言えた義理ではない事を承知で言いますが、きっと伝わりましょう」


 故郷から親友が会いに来る、その事で望郷の念でも芽生えたのかもしれない。

 俺と違って彼女が捨てた物は多い。


 嗚呼、いや違う。

 捨てさせられた物だ。


 こわばりそうになる顎をひと撫でする。


「何か意図があって選んだ花でもないし、エリカに何かをいられた記憶は無いけども」


 やたらと充実はしているが、使われる事は少ない我が家の調度品の一つ。

 棚でうっすら埃を被った花瓶を手に取る。


「俺は十分に満足しているよ。なにせ」


 花瓶に花を挿しテーブルの真ん中に置く。


「選んで俺はここにいるんだから」


 花瓶から落ちた葉が茶に入ったシャラが迷惑そうな顔をした。


 *


 自分用のパンを手早く焼き、それを囓りながらエリカの煎れてくれた茶を啜る。


「それで」


 口に物をふくみながら喋る無作法にエリカがちょっと怖い顔をしたので慌てて飲み込む。


「シャラは朝っぱらから何の用だ?」


 エリカに煎れなおして貰った茶を美味しそうに啜っているシャラが一瞬だけ不思議そうな顔をする。


「まさか、朝飯を食いに来ただけなのか?」


「違いますよ」


 心外だと言いたげにシャラが言う。

 なるほど、さっきの不思議そうな顔は用事を忘れていただけか。


「お二人は以前にスキル鑑定を受けた事が無いと仰っていたので、今日はそのお誘いです」


 今ならなんと無料です!

 教会の秘技を安売りすんなと思いつつシャラの提案を考える。


「まあエリカの立場が立場ですので、オルクラうちの教会も警戒されるというのは理解できるので、ただの提案ですけどね」


 俺の思案顔を誤解したのか、断られても気にしないとシャラが言ってくれる。

 そういう気遣いが出来るのなら朝っぱらから家に来るのは止めて欲しい。


 おかげでエリカに贈るはずの花が単なる家の飾りになってしまった。

 それはともかく。


「無料というのは魅力的だな」


 でしょー、と商売人の合いの手みたいな声を出すシャラ。

 それにエリカの溜息が重なる。


「貴方は確かにシン・ロングダガーでありますが、それでも貴族である事に変わりは無いのですよ? 無料に釣られるのは流石に素直すぎるでしょう」


 面子商売である貴族にとって無料はやたらと高価になりがちだ。

 無料に釣られて高い代償を払う馬鹿を当てこする皮肉の数は多い。


 まるで何々男爵が水を望んだ時のような声を出すんですね、等と言われても理解できないが。


「でもまぁエリカの言うとおりではあるな」


 言外に教会の意図が気になる、という意味を込めて言う。

 シャラには伝わらないだろうが、エリカには伝わるだろう。


 ちらりと視線を向けると、良く出来ましたと言いたげに頷いている。


「今更になって貴族どうこう気にするんですか? シンさんが?」


 蛮族のくせに。

 シャラの呆れ声が腹立つ。


「蛮族にも面子メンツがあるんだよ、むしろ蛮族なんて面子で殺し合いだぞ」


「バナナめぐって争う猿の方がまだ文明的ですね」


 実にその通りだが、俺もエリカもそれに素直に頷くには産まれも育ちも良すぎた。

 友人のジェンあたりなら爆笑しながら同意しそうだが。


 だから俺は肩を竦めるだけで流す。


「そういう面子で殺し合いになる世界で育ったからな、その分だけ慎重なんだよ」


 やんわりと悪意や疑心あっての事ではないと前置きする。


「だからまぁ、その話は止めておくよ。ぶっちゃけ他国の貴族とはいえ、教会にお布施も払わなかったとなったら、ただでさえ歴史しか無いとか言われるロングダガー家の評判が割と洒落にならないぐらいに落ちる」


 教会に払うお布施すら無い貴族、これは流石に貧乏で知られる我が家ですら被ったことの無い悪評である。

 俺は今更だが、兄や弟には要らぬ悪評だろう。


「まぁそういう事でしたら、教会からのお礼はまた何か今度という事で」


 最初の印象通り、シャラが断られても気にしないと態度で示してくれる。

 その言葉にエリカにも視線だけで問いかけると同意の頷きが返ってくる。


 それを見たシャラがまぁ仕方ない、みたいな顔をして立ち上がろうとする。


「それでは私はこの辺で――」


 いとまを告げようとするシャラを見てふと思いつく。


「シャラはこれから用事があるのか?」


 俺の問いにシャラが浮かしかけたケツを椅子に戻す。


「いえ、特には。なんでしょう?魔物でも狩りに行くんですか?」


 シャラの問いに俺は首を横に振る。


「今日は明日くる光りの巫女一行に備えて、普通の夫婦の練習をするんだ」


 何故かシャラの顔から感情が抜け落ちる。


「ちょっと見ててくれないか? おかしな所とかあったら教えて欲しいんだ」


「殺人予告じゃないですか!?」


 どういう事だこの野郎。


「パン食っただろ、俺もエリカも普通の平民夫婦って良く分からないんだよ」


 パン一枚で死ねと!?

 何がそんなに嫌なのか、シャラがパン一枚の代価に嘆く。


 それを見てつい皮肉がでる。


「何をそんななんとか男爵が水を一杯もとめた時みたいな声を出してんだよ」


「セブ男爵」


 エリカが補足してくれる。


「そうそう、セブ男爵みたいな声だしてんだよ」


 蛮族の無料とはかくも高価な物なのだと皮肉る。


「セブ男爵って誰です!?」


 普通はそう思うよね。

 叫ぶシャラに貴族の皮肉はやっぱり分かりづらいと俺は思った。



***あとがき***

個人的には一か月ぐらいを守れたかなぁと。

守れたかなぁと思うのです。

出来るだけ週一の更新は守っていきたいと思います。


初投稿時、なぜか二重に141話が投稿されてしまいました。

修正いたしました。

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