第140話 貧乏子爵家次男は顔に出る

 *


 その後の事を軽く説明しよう。

 師匠の残した死刑宣告に俺が呆然としていると、シャラが暴れ出し、何故かエリカに無言でポカポカと殴られた。


 呆然としている俺が二人に何故かポカポカと殴られている内に血相を変えたマキコマルクロー辺境伯領の騎士達に囲まれたが、その頃にはエリカも復活していたので焦ることは無かった。

 彼女がいれば大概の事は解決出来る気がする。


 まぁついでにシャラも居れば笑えるだろう。

 まぁ本人は涙目になってエリカの背後に隠れているが。


 うわロングダガーだ。

 という割と失礼なんじゃないかと思う呟きを聞きながら、俺は一番偉そうな騎士の前に立つと堂々と説明した。


 ちょっとした痴話喧嘩だと。

 エリカの黄金の魔力が一瞬だけ惑うのが見えたが堂々とした態度は崩さない。


「はい、そうなんですよ、わたくしに贈ってくれた指輪がちょっと地味すぎたから交換しよう等と夫が言うものですから。わたくし気に入っていますのに」


 それどころか即興で合わせてくれる。

 自慢げに、ほら似合うでしょう?と指輪を見せる演技までしてくれる。


 そんな俺達の態度に唖然とする隊長だが何だかが剣を抜く前に俺は説明を続ける。

 こういう時は勢いだ、特に相手がビックリしてるならもうそこを突き崩せ。


 交渉なんてのは驚いた方が負けなんだよ、とはパンタイルの言。


「あと辺境伯殿に“よろしく頼む”と言われた件にも関係している」


 ちなみに嘘は言っていない。

 師匠は辺境伯によろしくと丸投げされた光りの巫女他一行の護衛なのだ、だったら関係してるだろ。


 嘘じゃ無い。

 真実とはちょっと違うかもしれないが。


 よし、かかった。

 突然出てきた辺境伯の名前に眉をひそめる中年の騎士。

 それにそっと近づく若い騎士の動きに内心でガッツポーズを決める。

 一人だけ明らかに違う視線をしていた若い騎士が責任者だろう騎士に耳打ちする。


 立派なひげの中年騎士は驚きの感情を無表情に押し込めると、何度か確認するように若い騎士に頷くと必要以上に威厳のある顔をして俺達に顔を向けてきた。


「そうか、では以後気を付けるように」


 隊長だかの言葉に他の騎士達がザワつくが、その中でもシャラが一番ビックリしている。

 面白い顔だな、と思いつつも全員が無視する。 

 貴族的なアレコレの時に教会関係者は良く無視される、巻き込むと大概面倒な事になるからだ。


 決してシャラの驚いた顔がアレだからではない。

 引き上げる騎士達の中で、先程の若い騎士が師匠が荒らした地面をつぶさに観察しているのが魔力視線で分かる。


 裏方スパイは大変だな、そう思いつつも彼がいてくれた偶然に感謝する。

 まぁ街の出入り口を警備する所なんてのは、どこでも間者が常駐しているような所だが。


 居なかったら少なくとも捕まって辺境伯に申し開きする事になっていただろう。

 最近は自覚がさっぱり薄いが、俺はこれでも次男坊とはいえ他国の貴族だ。

 いきなり死刑にはならない。


 貴族とは交渉も生業なりわいの内であり、しかも俺はジェニファーリン・パンタイルという商売の天才を間近で見てきたのだ。

 交渉の機会が確約されているなら、これはもはや戦争は最初から回避されていたと言っても過言ではない。


 心の中でファルタールの友人に感謝していると、自分に黄金の魔力が集中しているのが見えた。

 なんだ? と思いつつも魔力を辿ってエリカの顔を見る。


 何故だろう?

 エリカの眉がフラットになっている。


 怒っているのサインである。


「方便としても……」


 声はいっそ涼やかであった。


「痴話喧嘩はないでしょう。ねぇシン?」


 俺がすぐさまジャンピング正座するその間際。

 俺を指さし爆笑するシャラが見えた。


 *


「というのが事の顛末だ」


「というのが、じゃ、ねぇですが?」


 ベンチに並んで座るメルセジャが呆れた声を出す。


「常識では戦争回避の方便で痴話喧嘩はファルタールオルクラ兄弟国三百年の平和を終わらせる一言だとわたしゃ思いますがね」


 良かったな、常識の枠が広がったぞ。

 うそぶく俺をメルセジャが半眼で睨む。


「それでお嬢には許されたんですかい?」


「謝り倒したら許してくれた」


 まぁ許されてなかったら旦那は今も土下座の真っ最中でしょうな。

 メルセジャが実に良く分かってる事を言う。


「それで……」


 メルセジャが言葉を探すように辺りを見回す。


「なんでまた冒険者向けの装備屋の前にいるんです?」


 俺はその疑問に自分の左腕を見せる。

 ブラック何とかという名前の魔物素材を使った服は、肘から先が千切れ飛んでしまっている。


「信じられるか?」


 俺の言葉にメルセジャが首を傾げる。


「オーガナイトの一撃をまともに受けて穴すら空かなかったのに一撃でこれだぞ?」


「わたしゃそんなモン喰らって生きてる旦那に驚きなんですが?」


「褒めるなよ」


 照れるだろ、そう返事するとメルセジャが何とも言えない顔をする。

 もしかしたら皮肉のつもりだったのかもしれない。


「あーそれで?」


 表情を引っ込めたメルセジャが問い直してくる。


「光りの巫女ご一行の護衛である師匠が出てきたんだ、今日か明日にはやってくるんだから情けない服でお迎えするワケにはいかないでしょ? との事だ」


 現在エリカとシャラは例の店主の頭がちょっとおかしい冒険者向けの防具屋で俺の新しい装備を選んでいる所だ。

 なぜ俺がその場にいないかというと、貴方が選ぶと黒色か茶色かもしくは丈夫かしか気にしないでしょ?とエリカに指摘された結果だ。


 意外かもしれないが、見た目にこだわる冒険者の数は多い。

 流石に性能よりも見た目を重視する者は少ないが、鳥の頭を模した仮面が普通に並んでいる時点でちょっと自信はない。


「それでしたら明後日でしょうな」


 メルセジャが何でも無い事のように光りの巫女一行の到着日時を告げる。


「もしかして先輩殿以外にもいるのか?」


 メルセジャは何が?とは訊いてこなかった。


「宰相殿がこっちに送り込んでるのは私だけですなぁ」


 それを聞いて安堵する。

 あの宰相殿の事だから間者を一ダース送り込んでいても不思議じゃない。


 だが一つの街にそれだけ間者を送り込めば違う意図ととらえられても不思議では無い。

 はて? それではどこからの情報だ?


「辺境伯様の間者からでさぁ」


 メルセジャが疑問を先回りして答える。


「わたしゃ色々借りを作りましたからね、ちょっとした利子ですな。それと旦那に伝言が」


 片眉を上げてメルセジャに言葉をうながす。


「またやったらはらわた抜かれようとも必ず貴様の首を噛み千切ってやる、だそうです」


「おっかねーな」


 手が使えない状態が前提なのがおっかない。

 脅す段階で覚悟を決めすぎだろ。


「あの顔は本気でしたなぁ辺境伯様」


 迷惑かけたからなぁ、メルセジャの報告にそんな事を思う。

 街の住人には結界の性能試験だとかいうお触れが出ている。


 ついさっきの出来事なのに迅速な対応のおかげで、街の結界が急に過負荷に赤く変色するという事態にもかかわらず街は平穏そのものだ。

 短時間で街の混乱をおさめた上にメルセジャに伝言までしている。


 辺境伯殿は優秀だなぁと感心していると、メルセジャが特大の溜息をつく。


「むしろ脅し程度で済んでるのが奇跡かと思いますが、まあ“よろしく”と言ったのはご本人なので苦労して頂きやしょう」


 以前、辺境伯の事を気に入っている、みたいな事を言っていたメルセジャがばっざりと斬り捨てる。


「それはそれとして、旦那に報せておきたい事がファルタールから来ましたんで」


 そう言ってメルセジャが声を落とす。


「今回の巫女様の来訪ですが、ちっとばかしキナくせぇです」


「単に駆け落ちした友人を心配した巫女様の我が儘というだけじゃないと?」


 俺の言葉に低い笑い声がかえってくる。


「巫女様相手に我が儘とは旦那らしぃ言い方ですが、まぁ法王なんてモンまで付いてくるんでさぁ」


 何も無いと思う方が間抜けだな。

 心中でメルセジャの言葉の先を接ぐ。


「教会は敵か?」


 直截ちょくさいな俺の問いにメルセジャが首を横に振る。


「分かりませんな、ですが敵であるなら親玉が単身で乗り込んできますかねぇ?」


 今度は俺が首を横に振る番だった。


「単にエリカを直々じきじきに神の敵だと糾弾するつもりなのかもしれないぞ?」


 無いと思いつつ言う。

 それこそ、そんな目的なら単身で来るだろう。


 光りの巫女の前でそんな事をする意味が分からないはずがない。

 ファルタールと教会が捻り出した茶番劇を無為にするのと同義だ。


「まぁそんな事になったら殺すが」


「宰相殿から頂いてる依頼料に旦那を止める分は入ってないんでヤめてくだせぇ」


 ゲンナリした声。


「まぁ教会が敵ってぇ線は状況的には薄いですが、ファルタールからの報告によれば何故か物騒な連中が姿を消したらしぃんでさぁ」


「あーつまり、光りの巫女の我が儘に何故か法王が乗っかった上に更に乗っかった連中がいるかもしれないと? 先にそっちを言えよ先輩殿」


 単なる偶然かもしれませんが。

 メルセジャがそう断ってから言う。


「こと旦那とお嬢のお二人が揃ってると偶然というのが酷く簡単に起きるって事に気が付きましてね」


「厄介事に好かれるような非道な生き方をしたつもりは無いんだがなぁ」


 色々と考えないと、と思いつつもシンプルに敵は全員殺せば良いかとも思う。


「だからわたしゃその分の料金は貰ってねぇんですよ」


 何も口に出してないのに咎められる、そんなに顔に出やすいのだろうか? だとしたらエリカには四六時中エリカ大好きの顔を見せている事になる、それは恥ずかしい。

 メルセジャの声にふと思い出す。


「そう言えば王子も一緒だとか?」


「そっちは頭に花が咲いてるだけ、だそうですな、報告によりますと」


 ブレねぇな。

 正直に言えばちょっと感心した。


 光りの巫女に着いていく為に色々とやったんだろうなと思う。

 光りの巫女に目玉グルグルさせていた連中を蹴落とし排除して同行する事に成功したのだろう。


 個人的には光りの巫女の何がそんなに良いのかと思うが、相手されてなかったのに諦めない王子のその姿勢は好感できる。

 何せ俺もエリカに好かれるという事を諦めない事にしたのだから。


「見習わないとなぁ」


 思わずそう呟く。


「旦那はこれ以上頭に花咲かせる隙間なんてないでしょーや」


 どこのパンタイルだお前は。

 メルセジャの皮肉に肩を竦めるだけで応えると、防具屋の扉が勢いよく開く。


「シン!」


「シンさん!」


 互いに一目で冒険者向けと分かる防具を手に持ったエリカとシャラが出てくる。

 

「どちらが良いと思います!?」


 俺の目の前に防具を突きつけてエリカが言う。

 手には黒い冒険者向けのシャツ。


 結局は黒色なのか? と思いつつもそれ以上に何故か肩に自己主張の強い鉄製のトゲが付いている事に意識が行く。


「こっちですよね!?」


 そして何故かシャラが張り合うように突き出してくる。

 なんだこの状況?


 何がどうなったらこうなるのか?

 俺は道行く住人からの視線に晒されながらつい笑ってしまう。


 だがシャラには言っておきたい。

 お前は何を思ってそんな金色に輝くスケスケノースリーブを選んだのか?


 俺は苦笑しながら立ち上がった。

 メルセジャは何故か頭を抱えていた。


***あとがき***

いつもコメント、イイね、星などありがとうございます。

大変励みになっております。

ちょっと仕事が立て込んできておりまして、一か月ほどお時間を頂ければと思います。

章の途中で、お待たせする事になってしまって申し訳ないです。

出来るだけ頑張って戻ってきますので、お待ち頂けたら幸いです。

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