第138話 荒れ狂うアレ来る2
*
思考が追いつく前に本能が身体強化を一歩先から一歩手前まで引き戻す。
同時に鼻血と吐血、ついでに思考が自分に追いつく。
全ては師匠からの“あの”視線、つまりはどこを見ているのかさっぱり分からない全身を包むようなあの濃い魔力に晒された所から始まった。
自分でも明らかに異常だとは思うのだが、俺の身体はその魔力に晒された瞬間に全ての思考を置き去りにして全力の身体強化を使ったのだ。
もはや本能だ。
というか俺は本能で左腕が殆ど原型を留めないようなダメージを負う事を受け入れたのか?
頭おかしいだろ俺。
素直にそう思いながらも原型を取り戻した左手で俺の顔面をがっちりとホールドする師匠の手を引き剥がそうとする。
うわ、びくともしねぇ。
師匠の手が俺の鼻血と吐血で血塗れなせいで滑るのを踏まえてもビクともしない。
師匠――、“親切なバルバラ”、ファルタールのランク9の冒険者、バルバラ・アルダラブ。
俺と同じ色の長い黒髪が、まだ動きの慣性になびく中で、俺を片手で吊り上げたまま師匠が口を開く。
「なぁなぁ弟子よ」
「なんですかねぇ?師匠」
そう答えつつ師匠を蹴りつけるが、蹴った感触は巨岩のそれだ。
「普通は結婚の報告ってのは直接言うってのが常識じゃないのか?」
あのバルバラが常識を口にしている!
違和感に驚愕しつつも内心で首を傾げる。
おかしい、俺は手紙に全て書いたはずだ。
つまりは惚れた女がちょっと陰謀に巻き込まれて偽装結婚の相手を探しているので人生ぶん投げてきますと。
それは間違っても結婚の報告ではないはずだ。
「偽装結婚なんですが!」
俺の顔をがっちりと掴む師匠の手を剥がす事を諦めてひたすら師匠を殴る。
どこを殴ってもビクともしない。
嘘だろ、畜生。
師匠との修行で、師匠が手加減していたというのは知っていたし分かっていた。
だがここまで差があったのかと今更ながらに驚愕し、その差に悔しくなる。
「惚れた相手なんだろ? しかも相手の頼みで人生ぶん投げるんだ、そんなもん既成事実
十人が問われれば九人は美しいと表現する顔で、師匠が何を馬鹿な事を言っているんだお前は?みたいな表情を浮かべる。
師匠の紳士力はエグッチー君以下だった。
「しかも弟子よ、見ないウチに教えようとしていた同種魔法陣の二重掛けまで出来るようになっているなんて、なんという師匠不幸者だ」
そう言って師匠が自分の胸を指さす。
俺が視線を向けると二つの身体強化の魔法陣が存在を主張するように強く魔力を漏らす。
師匠は俺が魔力が見えるという事を知っている数少ない人間の一人だ。
明言した事は無いが、師匠は完全に確信している。
「自力で習得して死んでないのを見た時は嬉しかったけどさぁ、師匠は寂しいよ?」
細い眉を真実、嬉しかったと、寂しいと下げるその顔は、美しいと言わない十人中の一人側の俺としたら恐ろしい事この上ない。
この顔は――。
だったらちょっと力込めて良いよね?の顔だ。
イデデデ!
身体強化の強度が上がった師匠の手が頭を締め付ける。
痛みに耐えかねて両手で師匠の手を引き剥がそうとするがビクともしない、思わず剣に手が伸びそうになる。
その瞬間、俺の視界が赤い炎を捉える。
うわぁ……。
初手でそれか、うわぁ。
その身の内の苛烈さを
それを文字どおり赤く燃え上がらせたエリカが吠えた。
「死ね!」
直球ぅー。
*
エリカ
あの美しい赤髪を一時的に白髪化させるという、
並の
俺に当たらないようにと、師匠の側面にまわったエリカは、決して逃がさないと師匠の左足を踏みつけながらソルンツァリの秘技をぶっ放した。
ソルンツァリの秘技、その異常とも言える威力、だがそれだけなら人類は詠唱魔法で再現可能だ。
詠唱魔法は伊達に別名破壊魔法などと呼ばれていない。
師匠が手早く俺の顔面を掴む手を左手から右手にスイッチ、素直に放せよこの野郎。
師匠の左手が黄金の魔力を迎え撃つ。
魔力を見る事が出来る目が“理不尽”を映す。
師匠の左手をそのまま拡大したかのような結界がソルンツァリの秘技を掴む。
掴むなそんなモン!
理不尽に対する抗議が喉から出る前に、一瞬の
ソルンツァリの秘技を握り潰す気だった師匠の左手が大きく弾かれた。
上空に――、良かった上空に逸れてくれた――、逸れた黄金の魔力に一瞬だけ視線を持って行かれる。
「おぉお?」
だから俺は、
師匠が笑う気配がする。
ソルンツァリの秘技その性能。
最も出鱈目な所は、熟練の詠唱魔法の使い手が長い詠唱をもって実現するその破壊を。
そう、連発できる事だ。
俺の顔から師匠の右手が剥がれた。
「二回死ね!」
自分の身体が重力に引かれ始める感覚を感じながら、エリカ二度目のド直球な言葉を聞いた。
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