第137話 荒れ狂うアレ来る1
*
さて、俺達が無事に冒険者ランクを2に上げてからの話だが……。
簡単に言ってしまうと俺達はビックリするぐらいに忙しく働いた。
ヘカタイの街から大量の冒険者が流出した結果、ギルドには依頼が溢れる事となり、それは誰のせいだと責められたら、ぐぅの音も出なかったのだ。
ギルド職員のラナからのド正論にグヌヌとなった俺は、シャラを巻き込みつつヘカタイ周辺の依頼を片っ端から片付けたのだ。
シャラの忙しすぎるという愚痴を聞きながらも忙しく働く日々は割と楽しかったが、それも一週間ほどで冒険者が徐々に戻ってきた事で終わりとなった。
ジュエルヘッドドラゴンを倒してから二週間と少し。
俺はまだエリカに花を贈れていなかった。
*
早朝からヘカタイを出発し、三つの村の依頼を片付けた俺達は、夕暮れが迫る頃にヘカタイに戻ってきた。
若干働き過ぎたと息も絶え絶えなシャラを見て思う。
つい数日前までは一日で五件の依頼をこなしていたりしたので感覚が少しおかしくなっているのかもしれない。
「あー、大丈夫か?」
両膝に手を付き息を整えているシャラに声をかける。
シャラが前方のヘカタイへの入場待ちの列をチラリと見てから俺の方へ顔を向ける。
「シンさん知ってました? 人間って身体強化を一日中維持しながら走り回るように出来てないんですよ?」
「いや悪かった、適当に選んだら村と村があんなに離れてるとは思わなかったんだよ」
適当に過ぎるでしょ!
俺達の前に並ぶ商人がビックリする程の大声でシャラが叫ぶが、叫んだ後すぐにグヘぇと唸って
「わたくしからも謝罪致しますわ」
呆れ顔のエリカがそう言いながらシャラに寄り添い背中を優しく撫でる、羨ましい。
ちょっと一日中身体強化しながら走り回っただけでヘロってる金髪シスターが、エリカぁと情けない声を上げながら抱きつく、羨ましい。
「ちゃんと付いてこれたじゃないか」
つい拗ねたような声が出る。
「そういう所ですよシン」
「そういう所ですよシンさん」
二人からお前マジかみたいな目で見られる。
「ちゃんとじゃないですよ?ギリギリですよ? 教会の修練でも追い込まない所まで追い込みましたよ?厳しい先輩が実は優しかったんだなって心の中で謝罪しましたよ私」
完全に俺の正気を疑う目をしたシャラがそう言いながら足で地面に線を引く。
何だコレ? 視線に乗った疑問にシャラが答える。
「文明世界と蛮族世界との境界線です」
コイツっ。
自分の頬がヒクつくのが分かる。
エリカが、あらわたくしも遂に文明世界入りですねと笑う。
エリカは蛮族世界に置いておくには美し過ぎますからとシャラが笑い返す。
いや、何コレ羨ましいんですけど。
羨ましいと内心で歯茎を
どうですか? あんな
等と
それにエリカが、蛮族にも
だからつまり、俺はエリカが楽しそうにしている事それだけで幸せを感じてしまっており。
嗚呼、やはり好きなのだとそれだけで頭がいっぱいになっていた。
なので次の瞬間に俺のエリカ大好きでイッパイだった脳みそが塗りつぶした感情に多いに困惑した。
俺は死ぬ。
え?俺死ぬの?
*
本能レベルまで刷り込まれた条件反射のおかげで自分が死なずに済んだ。
俺がそれを自覚できたのはエリカ達の姿が親指に隠れる程の小ささになってからだ。
自分の身体が何を思って動いたのかさっぱり分からないが、少なくとも何も考えずに左腕を捨てる判断をしたのは“慣れ”だろう。
なんて嫌な“慣れ”だ。
左腕の肘から先が原型を止めていない事を頭の端に追いやり、痛みで引き留められる正気に
下半身と上半身が生き別れになるのを防ぐためにボロボロになった左腕に感謝しながら地面に着地する。
思考が追いつく前に身体が身体強化の二重掛けをぶん回す。
草が空気と擦れる音すら聞こえる世界で、それが目に見える。
靴底が踏み潰した草が煮える匂いと音が足下に広がる中で。
目が合ったそれが嬉しそうに笑う。
良く出来ましたと言いたげに、満足げにそれが笑う。
くそ、本当に死ぬ。
一歩踏み込んでも賢しい俺も欲望に素直な俺も出てこない、つまりは俺は死ぬのだという感情以外が湧いてる暇が無いのだ。
間に合わない俺は死ぬ、このままだと頭を潰されて俺は死ぬ。
感情に先走って俺の身体がとんでもない決断を下す。
マジか俺、本当にマジか。
先走り続ける俺の身体が、身体強化二重掛け中は絶えずぶん回す回復魔法すら中断して魔力を身体強化に集中させる。
殺される前に死ぬ。
暴れ回る内臓はおろか全身の筋肉が悲鳴を上げる。
だが集中させたおかげで、ほんの少し、ほんの少しだけ速さを増した右腕が仕事する。
握りつぶすつもりで掴んだそれは、手の平の中でビクリともせず。
だがそれでも俺の頭を握りつぶす事だけは阻止した。
ギリギリで差し込めた俺の右手に自分の手の平を全力で握られ、それでも
「結婚おめでとぉお弟子ぃい!」
俺は叫んだ。
「ありがとうございますぅう?師匠ぉおお!」
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