第136話 冒険者ギルド職員は二度刺す

 *


「で? エリカ様のランク昇格を認めますか?」


 よっこいしょ。

 そう言いながらめくれ上がった地面を飛び越えてきたラナが俺に尋ねてきた。


 ラナの顔を見るに街道は無事なのだろう。

 途中ちょっと常識的な加減を忘れたので少し心配だったのだ。


「そりゃ当然認めるよ」


 俺はラナの質問に肩を竦めて答える。

 軽く蹴り転がされて否とは言えない。


「良かったです、認めないと言われたらギルドの特例で私が昇格を認めてました」


「おい」


 特別にランクをどうこうするのを拒んだのは誰だと思わず声が出る。

 望んでいたわけではないが。


「ランク2への昇格試験ですよ?」


 ラナの目が非常識な馬鹿を見る目になる。


「これで認めないとか抜かしたら、失礼、言われましたら今後のランク昇格試験に触ります」


 何か言いたげに捲れ上がった地面を指さすラナに、ハイ私が非常識な馬鹿でしたと謝りつつ。

 捲れ上がった地面を跨ぐエリカに手を差し出す。


 ありがとう。

 エリカが俺の手を取って捲れ上がった地面を超える。


 エグッチー君、見たか? これが紳士力だぞ。


「そういう気遣いはか弱いギルド職員に必要だと思うんですがぁ?」


 ラナが再びよっこいしょとオッサンくさい掛け声で捲れ上がった地面を跨ぐ。


「そういう優しさを嫁以外にばらまくなと注意されたばっかりなんだよ」


 うへぇ。

 ラナが足下に注意しながら呻く。


「戦闘が終わったと思ったらイチャつきだして何を考えているのかと思ってましたけど」


 意外だと言いたげな顔でラナがエリカを見る。


「エリカ様は存外ぞんがい独占欲が強いお方だったのですね。てっきりシン様がどれだけフラフラしようとも、必ず自分の元に戻るのだと余裕の笑みでも浮かべるタイプかと」


 手を引いていたエリカの足が止まる。


「エリカのは独占欲じゃなくて、俺への優しさだぞ」


「物は言いようですね」


「後、俺はフラフラしないからな? 一途だぞ一途」


 エリカが一向に動き出さないので振り返り確認する。

 エリカがしゃがみ込んでいた。


 自分の膝に顔を埋めブツブツと呟いている。

 

「独占欲とかそういうアレではなくて、わたくしはわたくしは、そのぉアレがアレで……」


 独占欲だと言われた事がショックだったのか、大きめの独り言が出ている。

 一途とか言うからわたくしは、わたくしは分かっているのにホントもう貴方はぁ。


「ほら見ろ、優しさを独占欲とか言うからだぞ」


 俺の言葉にラナが、こいつマジかみたいな顔をする。

 どういう顔だ、それは。


「シン様が捨てた感受性デリカシーはさぞ貴重な物だったんでしょうね」


 捨てたつもりは無いぞ、表情だけでそう伝える。


「やはり強さにはそれなりの代償が必要なのですね」


 だから捨てたつもりは無いぞ。

 俺は伝わらなかった感情を再度表情に浮かべてみるが、ラナに伝わった気はしなかった。


 *


 それからエリカはすぐに立ち直り。

 俺はエリカに地面にまで身体強化を使用していましたよと百足歩く間に教えられながらエッズ達と合流した。


 地面に身体強化とかマジか俺。

 そう言えば宝石頭竜とドツキあってる時にエルザが俺を見て気持ち悪いと言っていたが、これの事だったのかもしれない。


 そんな事を考えながら、ラナをここまで連れてくる為に流れで付いてくる事になったエッズ達に待たせた事を謝罪すると、エッズが凹んでいるのに気が付いた。

 目線だけでパルにどうした?と尋ねると。


 パルが苦笑しながら実力差に打ちひしがれてるだけだと教えてくれた。

 俺はあれだけ動けるならファルタールでもランク3ぐらいはあるから凹む必要は無いと言ったがエッズ的には駄目らしい。


 せめてシンさんを一歩動かさないと、とはエッズの談だが。


「背後から攻撃して一歩も動かせなかったんだから遠い道のりだね」


 とパルが笑顔で死体蹴りしていた。

 小動物っぽい雰囲気の癖にエグいな。


「それではギルド証の更新などがありますので戻りましょうか」


 やいのやいの、騒がしくあーだこーだと雑談を始めた俺達に、ラナが呆れた顔でそう告げたのが妙に印象的だった。

 普段は残業を愚痴ったり、武器職人の変人テペにたまにポンコツになると言われたりする人物でも仕事をする時は仕事の顔をするんだなと感心する。


「何か?」


 ラナが俺の視線に首を傾げる。


「いや、次のランク昇格の時もラナに相談しようと思っただけだよ」


 ラナは仕事ですからねー、と気の抜けた返事をすると数歩すうほ歩いて振り返った。


「人の心あります?」


 俺はそれに笑顔で肩を竦める事で返す。

 おそらく、俺達のランク昇格試験の相手を苦労して探してくれた――、残業に愚痴をこぼし、たまにポンコツになるギルド職員は、そんな俺の返事に実に嫌そうな顔をした。

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